葉月は追手の怒号を背に受けながら、控え室へと続く狭い通路をさらに奥へ進んだ。足元には搬送用のレールが走り、壁際には古い記録棚が並んでいる。助けはまだ来ない。外周で起きた騒ぎが、ようやく相手の注意を散らし始めたばかりだ。ならば今は、ここに残されたものだけで生き延びるしかない。 彼女は棚の陰に身を低くし、拾った複写の紙片を素早く確認した。識別番号、搬出先、検品責任者の印。どれも断片だが、つなげれば十分な証拠になる。葉月はその紙を内ポケットへしまい、代わりに棚の上に置かれた古い記録装置へ目を留めた。備え付けの録音機らしい。電源は落ちているが、配線はまだ生きている。彼女は短く息を吐き、端子を指先で確かめた。使える。ここで記録が残せれば、追跡の最中に証拠を失わずに済む。 背後で足音が近づく。葉月は慌てず、棚の下に身を沈めたまま装置の録音を始めた。低い機械音に紛れて、先ほどまでの会話が薄く残る。書類は直す。通す。そんな言葉が、冷たい刃のように記録へ刻まれていく。彼女はそれを確かめると、装置ごと棚の奥へ押し込み、次の移動先を探した。 通路の先には、荷を運ぶための小さな上り坂がある。表の搬入口へ抜けるには遠いが、反対側へ回れば控え室の裏へ出られる。地形を味方にするしかない。葉月は坂の脇の手すりをつかみ、音を立てないように上がった。すると、ちょうど上から監視役の男が覗き込み、視線がぶつかる。葉月はとっさに身を反らし、積まれた空箱を押した。箱は転がり、追手の足元で派手に崩れる。 その隙に葉月は反対側へ飛び降りた。床は低く、衝撃が膝を刺す。それでも止まらない。追手は回り込もうとしたが、狭い通路に人数を詰めすぎて動きが鈍る。葉月はその混み合いを利用し、壁の非常灯の下を駆け抜けた。証拠だけは守る。自分が傷ついても構わないとは思わないが、今失えばすべてが無駄になる。だから足は止めない。 曲がり角の先で、ついに外の光が細く差し込んだ。だが、そこには予想外の影が立っていた。支援に入るはずの仲間ではない。静かに腕を組み、葉月を見下ろす男がひとり、出口を塞いでいる。彼は倉庫の内部で一度も見せなかった顔だった。葉月の胸に冷たいものが落ちる。追跡の先に待っていたのは救助ではなく、もうひとつの罠だった。
潜入捜査官、罠を破る
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