閉店の十分前になると、店先の空気は昼のざわめきとは別の顔を見せた。売れ残った野菜たちは、木箱の中で静かに肩を寄せるように並んでいる。外では雨がようやく上がり、濡れた道路に夕暮れの光が細く伸びていた。 「さて、今夜の作戦会議だね」 トマトが小さく弾んだ声を出す。まだ鮮やかな赤は残っているが、朝の勢いは少し薄れていた。 大根は売り場の端でまっすぐ背を伸ばしたまま言う。 「売れ残りを嘆いても仕方がない。大切なのは、明日の入口へどうつなぐかだ」 じゃがいもは箱の奥からころんと前へ出て、のんびりうなずく。 「つまり、今のぼくらに必要なのは、最後にもうひと目、止まってもらう工夫ってことだね」 その言葉に、店長が振り返る。聞こえていたらしい。疲れた顔をしていたが、野菜たちの声に少し笑みが戻った。 「じゃあ、やってみるか。捨てるには惜しいし、明日まで持たせるだけじゃ面白くない」 最初に提案したのはトマトだった。 「ぼくを真ん中に置いて、まわりを大根とじゃがいもで囲むんだ。赤、白、茶色で、夕食の景色みたいに見せる」 大根はすぐに続ける。 「私は薄く並べて輪切りの見本にする。煮物にも汁物にもなると見せれば、用途が伝わる」 じゃがいもは少し考えてから言った。 「ぼくは一袋ずつじゃなく、大小を混ぜる。今日は多めに使う人も、少しだけ欲しい人も選びやすいようにね」 店長はその案に目を丸くした。さらに玉ねぎが控えめに口を開く。 「ぼくは、前に出すぎない場所でいい。でもスープの札を添えれば、あたたかい献立が思い浮かぶ」 そこから売り場は一気に変わった。トマトは小さなカップに入れられ、夕陽みたいな見せ方で中央へ。大根は葉を少し残して立たせ、切り方の例を添えられる。じゃがいもは袋を開け、丸いものと細長いものを混ぜて山にした。玉ねぎはその手前に置かれ、甘みの出る料理名が手書きで添えられた。 すると、今までただ余っているだけに見えた箱が、急に暮らしの入口へ変わった。店長は腕を組み、うなった。 「これはいい。残り物じゃなく、今夜の献立案だ」 その声が聞こえたのか、通りを歩いていた若い夫婦が足を止める。女性はトマトを見て笑い、男性は大根とじゃがいもを見比べた。 「帰ったら、これで鍋にしようか」 その一言で、野菜たちは胸の奥がほどけるのを感じた。売れ残りは、ただ遅れた商品ではなかった。まだ誰かの夜を支える途中だったのだ。 閉店ベルが鳴るころ、残っていた箱は半分以上空になっていた。店長は最後に、売り場の正面へ小さな札を立てる。 今夜のおすすめ、ひとまとめ。 野菜たちはその札を見上げ、互いに目を合わせた。誰か一つが目立つのではなく、並びそのものが役になる。そうして八百屋は、明日の朝を待つ静かな舞台へ姿を変えた。
八百屋の野菜たち
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