エラベノベル堂

満員電車で刻印が滲む

18+ NSFW

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1章 / 全10

「うぅ……今日も激しいなぁ」 桜羽原ひなたは、揺れる車内の壁に背中を押し付けられながら、小さく呟いた。朝の通勤ラッシュ時の満員電車。その圧迫感は、いつものこととはいえ、決して慣れるものではない。周囲から押し寄せる無数の体温と、様々な体臭が混ざり合い、呼吸さえも苦しくなる。 「すみません、ちょっと詰めてください」 「無理ですよ、もうこれ以上は……」 乗客たちの不満げな声があちこちらちから聞こえてくる。ひなたは自分の体を守るように、黒いスクール水着の上に羽織った白衣の前を合わせた。研究所へ向かうための日常的な装いだが、混雑した車内では少し目立つかもしれない。肩に食い込むバッグのストラップの重みを感じながら、彼女は窓の外へ視線を逃がした。 (あと三駅……。なんとか耐えなきゃ) 肺を圧迫するような熱気。隣に立つサラリーマンの肩が、ひなたの白衣を押し潰すように当たっている。背後には小柄な女性が押し付けられ、前方からは中年男性の背中が迫ってくる。逃げ場などどこにもない。 「っ……」 不意に、空気が変わった気がした。 それまで鼻腔を満たしていた汗と整髪料の匂いが、別の何かに塗り替えられていく。ねっとりとした、甘ったるい芳香。まるで腐りかけた果実のような、あるいは湿った花弁が放つような――。 「何、この匂い……?」 ひなたは無意識のうちに口元を白衣の袖で覆っていた。周囲の乗客たちも、怪訝そうに顔を見合わせている。 「おい、なんか変じゃないか?」 「天井……見てくれ」 ざわめきが波紋のように広がる。ひなたは恐る恐る視線を上へと向けた。 蛍光灯の明かりが不規則に点滅し、車内の天井には不気味な染みが広がっていた。黒紫色とも青緑色ともつかない、粘液のようなものが天井の継ぎ目から滲み出し、ゆっくりと――ねっとりと――滴り落ちようとしている。 「嘘でしょ……」 ひなたの喉から、乾いた声が漏れた。その瞬間、天井から一滴の粘液がぽたりと落ち、彼女の白衣の肩口に着弾した。 冷たい――いや、生温かい。 布地を浸透して肌に触れたその感触は、明らかに異質だった。そして何より、ひなただけが理解していることがある。この粘液の正体を。彼女が隠し持っている、もう一つの顔――魔法少女として戦ってきた敵の気配を。 (まさか、こんなところで……!) 車内の空気が、一瞬にして張り詰めたものへと変わる。粘液は天井からだけではない――車両の隙間、座席の下、ドアの溝からも滲み出し始めていた。満員電車という閉鎖空間は、すでに逃げ場のない檻と化しつつあった。

1章 / 全10

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