「あー、最高。やっぱり自然の中が一番癒やされる」 新人保育士の美優は、焚き火を見つめながら伸びをした。二十三歳になったばかりの彼女は、仕事のストレスを解消するため、森の中にあるキャンプ場を訪れていた。周囲には他にテントが二つほど見えるが、十分な距離があり、静寂が保たれている。 「明日は早起きしてトレッキングしようっと」 美優はマグカップに入ったホットコーヒーを口に運ぶ。都会の喧騒から離れ、鳥のさえずりと川のせせらぎだけが聞こえるこの場所は、彼女にとって楽園だった。 日が沈み、森全体が藍色に染まる頃、異変は起こった。 「ん……何これ?」 美優は視界の隅に、奇妙なものが浮かんでいることに気づいた。まるで漫画の吹き出しのような半透明な楕円形が、自分の頭上に現れている。 『お腹すいたな』 その吹き出しの中には、紛れもなく今自分が考えたことが書かれていた。 「えっ、嘘でしょ……?」 美優が驚くと、新たな吹き出しが現れる。 『信じられない、どういうこと?』 「やめて! 見ないで!」 彼女は慌てて頭を抱えるが、思考が乱れるほど吹き出しは増えていく。恐怖と混乱が入り混じる中、隣のサイトから人影が近づいてくるのが見えた。 「随分と騒がしいわね」 ゴスロリ衣装を身に纏った美女が、優雅な足取りで現れた。漆黒のドレスに深紅のコルセット、頭には小さなシルクハットを乗せている。年齢は三十代前半といったところか。 「あ、あなたには見えないんですか? これ!」 美優は自分の頭上を指差す。吹き出しには『助けて』という文字が浮かんでいた。 「見えるわよ。霊的な庇護を求める反応ね」 美女は麗華と名乗った。落ち着いた声で、美優のことを観察するように見つめる。 「霊的な……?」 『何のことか分からない』 新たな吹き出しが現れると、麗華は微かに笑った。 「この森には古くから宿るものがいるの。あなた、感受性が強いようね。思考が漏れ出してしまった」 「どうすれば消えるんですか?」 『早く消えて』 美優の悲痛な願いが可視化される。麗華は顎に手を当て、考えるような仕草を見せた。 「私が保護してあげる。今夜は私のテントにいらっしゃい」
森の女王
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