エラベノベル堂

深夜香る再生の扉

全年齢

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4章 / 全10

「俺が、鍵の継承者だ」 あまりに突拍子もない言葉に、俺は笑いそうになった。製菓学校の帰り道、店員はいつもの無表情のまま、古い街灯の下で立っていた。深夜の風が彼の前髪を揺らしても、視線だけは逃げない。 「そんな顔をされるのは分かっています。ですが、隠しておく時間はもうありません」 「鍵って、何の話だよ。お前、そこまでして俺を脅したいのか」 彼は首を振り、白い手袋の指先で胸元を押さえた。そこにあるはずのない重みを確かめるみたいに。 「脅しではありません。私は、あなたに救われた者の記憶を持って生まれ直しました。前の生で、私はあなたに命の綱を渡されていた。だから今度は、あなたを見守る役目を選んだのです」 その言い方が、妙に慣れていた。作り話にしては熱がない。なのに、信じるには足りない。俺は自分のスマートフォンを取り出し、家に残っていた古い記録の写真を開いた。蔵の奥から見つけた帳面に、昨夜と同じ形の文字列があったのだ。半分欠けた紙面の端に、例のキーワードが、まるで隠しようもない痕のように刻まれている。 「これ……同じだ」 店員の目がわずかに揺れた。 「やはり、そこにありましたか」 「待て。何でうちの記録のことまで知ってる」 「あなたの家は代々、記録を隠し持つ側でした。災厄を前にしたとき、言葉と形を残す役目です」 俺は息を止めた。金で買ってきた人脈も、調べてきた資料も、こんな話の前では薄い紙切れに等しい。だが、頭では拒んでも、胸の奥のどこかが不思議と納得していた。あの落ち着く匂いも、妙に注目を集める感覚も、すべてが一本の線につながっていく。 「……信じろっていうのか」 「信じなくてもいい。けれど、見れば分かります。蔵の中に、答えがあります」 その夜、俺たちは古い家の裏手へ向かった。敷地の隅に立つ蔵は、昼間よりもずっと背を丸めたように見えた。錆びた鍵を差し込むと、金属が低く鳴る。扉が開いた瞬間、湿った木の匂いの底から、ひどく懐かしい甘さがかすかに立ちのぼった。 俺は思わず店員を見た。彼は頷くだけで、中へ入るよう促した。 暗い蔵の奥には、布に包まれた箱が一つ。俺が手を伸ばすより先に、店員は小さくつぶやいた。 「これで、すべてがつながります」 その声は妙に静かだった。まるで、この先にあるのが真実ではなく、もう戻れない選択だと知っているみたいに。

4章 / 全10

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