「また明日か……」 佐藤蓮は安アパートの鍵を閉めながら、誰にともなく呟いた。二十六歳、事務職の派遣バイト。毎日が書類の束とコピー、オフィスの湿った空気、そして上司の顔色を窥うだけの日々。週末の二日間だけが、彼にとって唯一の自由時間だった。 「今週もなんとか終わった。行くか」 愛用のキャンプ道具を車に積み込み、蓮は都心から二時間ほど走った山間のキャンプ場へと向かった。お気に入りの場所だ。人気が少なく、焚き火を見ながらボーッとするには最高のロケーション。受付を済ませ、人気のない奥まったサイトにテントを張る。 「……いい天気だ」 夕暮れの空が茜色に染まっている。蓮は焚き火台に火を起こし、缶ビールを開けた。炭の爆ぜる音だけが響く静寂。スマホの電源を切り、彼はただ炎の揺らめきを見つめる。疲れがじわじわと滲み出し、まぶたが重くなってくる。 「うとうとしてるうちに……寝ちまったか」 ふと気づくと、周囲の空気が変わっていた。焚き火の炎が不自然に揺らめき、甘い香りが漂っている。蓮の体の奥から熱いものが湧き上がる感覚。視界がぼんやりと白濁し、意識の輪郭が曖昧になっていく。 「ん……?」 気づけば、近くの林道から数人のハイカーたちがこちらへ歩み寄ってきていた。若いカップルに、一人旅の女性。彼らの目は虚ろで、熱っぽく潤んでいる。 「ねえ、ここで焚き火してるの? 私たちも入れてくれない?」 「いい匂い……なんだかすごく熱くなってきちゃった」 蓮は自分が何かおかしな状態にあることを薄々感じていた。体の芯が疼き、甘い痺れが背筋を駆け巡る。目の前でハイカーたちの服が乱れていく様を、彼はただぼんやりと眺めていた。 「あっ……待って……」 誰かの唇が触れ、熱い吐息が交錯する。意識が深い霧の中へ沈んでいく――。 「……ッ!」 蓮はハッと目を覚ました。焚き火はまだ小さく燃えている。周囲には誰もいない。空を見上げると、月が高く昇っていた。 「夢……か」 妙に体がだるい。汗ばんだ肌を夜風が冷やす。蓮は首を傾げつつ、テントの中へと滑り込んだ。明日は朝からハイキングでもしよう――そう思いながら。 だが彼は知らない。その夜、キャンプ場を訪れた数人のハイカーたちが、翌朝まで奇妙な興奮状態にあったことを。そして彼らの記憶に、蓮の姿が鮮烈に刻まれていることを。 静かな夜の中で、何かが確実に動き出していた。
二つの心を束ねて
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