エラベノベル堂

激辛カレーと予知の先輩

全年齢

小説ID: cmnscu3az000o01qaapfjrw17

1章 / 全10

休日の朝、私は一人で森へ入った。会社では事務のアルバイトをしているだけで、誰に気を使うこともないはずの一日だった。テントを張り、湯を沸かし、買ってきたパンをかじる。木々の隙間から差す光はやわらかく、焚き火の匂いだけが現実味を持っていた。なのに、妙な違和感があった。鳥の声が一瞬だけ止まり、風も止まる。まるで森全体が、こちらを見ているようだった。 気のせいだと笑って焚き火をつついたが、その後も違和感は消えなかった。背後に人の気配を感じて振り向いても、倒木があるだけ。足元の土には、見慣れない靴跡がひとつ混じっていた。キャンプ場の人かもしれない。そう思おうとしたのに、胸の奥がざわつく。私は早めに片づけを始め、日が傾く前に車へ戻った。 家に着いたのは夜だった。鍵を開けた直後、スマホが震えた。知らない番号から、短い文が届く。戻りましたね、中心へ。いたずらにしては文面が妙に丁寧だった。続けて、別の番号から着信。さらにそのあと、見覚えのないメッセージアプリに通知が並んだ。どれも内容は似ている。会いたい、話がある、あなたが必要だ。 私は思わず端末を取り落としそうになった。心当たりはない。まして、必要だと言われるようなことをした覚えもない。仕事先の誰かの悪ふざけかと疑ったが、送信者の名は毎回違い、最後に届いた一件だけは、なぜか既読をつける前から私の胸を妙に冷やした。 明日の午後、いつもの交差点で。 署名には、憧れていた先輩の名前があった。 その人は、会社では物腰がやわらかく、誰にでも親切で、少しだけ目が鋭い。私は勝手に遠い存在だと思っていた。なのにその名前が、まるで最初から私を知っていたみたいに並んでいる。私は画面を見つめたまま、返事もできずに立ち尽くした。 すると、さらに一通だけ届く。 逃げてもいい。けれど、もうあなたは見つかっている。 背筋が冷えた。窓の外を見ても、夜の住宅街は静かだった。誰もいない。なのに、私は理解してしまう。今日の森で感じた違和感は、ただの気のせいではなかった。何かがもう、私の足元に輪を描いていて、その中心に立たされているのは、どうやら私自身らしい。 私はスマホを握りしめたまま、明日という言葉の重さを初めて知った。

1章 / 全10

TOPへ