エラベノベル堂

規格外の先生

全年齢

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7章 / 全10

学園の非常灯が落ち、赤い薄明かりだけが廊下を這った。対策委員会は一斉に動いたはずだったが、次の瞬間、通信が途切れ、扉の向こうから聞こえていた足音もばらばらに散った。千尋は指示を出しかけて、耳元の雑音に言葉を飲み込む。沙耶の応答もない。梓の位置を示す端末の光も、壁の向こうで静止していた。 「分断された、か」 黒いコートの男は、乱れた警報の中でも顔色ひとつ変えなかった。だが彼は振り返らず、千尋の肩に手を置くこともしない。ただ、短く言う。 「焦るな。お前たちは、ひとりで立つ訓練をしたわけじゃない。戻る道を覚えたはずだ」 その声は不思議と遠くまで届いた。千尋は唇を噛み、誰に向けるでもなく頷く。男はそれ以上の助けを与えないまま、暗がりの奥へ歩き出した。追えば届く距離なのに、追わせない歩幅だった。 廊下の先、沙耶は倒れた棚の影にひとりで身を縮めていた。視界は半分、通信も半分。いつもの勢いで突っ走れば抜けられると思っていた場所は、狭い迷路に変わっている。彼女は歯を食いしばり、思わず天井を仰いだ。 「こんなの、聞いてない」 返事はない。だが少しだけ遅れて、耳に残る男の声が蘇った。前に出るな。後ろが崩れたら、全部折れる。沙耶は立ち上がり、逆方向にあるはずの非常口を探した。速さだけでは駄目だ。周囲を見ろ。自分の無茶を、自分で止めろ。そう気づいたとき、足元の不安がほんの少し軽くなった。 別の階では、梓がひとりで避難誘導の板を抱えていた。道は塞がれ、近道は危ない。焦りで前へ出ようとした瞬間、角の向こうに薄く声がする。千尋の声ではない。彩乃のでもない。けれど、かすかに交わした訓練の続きを思い出させる、あの男の響きだった。 「役割を渡せ。動けない者には、動ける範囲の仕事がある」 梓は息を呑み、すぐ近くで怯えていた後輩に板を押しつけた。自分ひとりで抱える必要はない。退路の確保を任せるだけで、視界が開く。そうして初めて、塞がれた通路の先にある小さな抜け道が見えた。 資料室に閉じ込められた彩乃は、古い端末の画面を見つめていた。記録は断片的で、誰がどこにいるのか確信が持てない。それでも、彼女は震える指で座標を照合し続ける。ひとつ、またひとつ。誰かの位置が重なり、離れ、再び近づく。 そこでようやく気づいた。孤立しているのは自分たちだけではない。黒幕もまた、互いを切り離すことでしか勝てないのだと。 「戻れる」 彩乃は小さく呟いた。誰に聞かせるでもないのに、その言葉は妙に確かな重みを持った。 そのころ、千尋は中央棟の吹き抜けで立ち止まっていた。四方に散った仲間の位置を、途切れた通信の隙間から拾い集める。助けに行きたい。けれど、今ここで自分が動けば、全体がさらに崩れる。迷った彼女の前に、男は現れた。現れたというより、最初からそこにいたような静けさで。 「答えを出せ。誰を信じる」 千尋は目を見開いた。 「先生は、来ないんですか」 男は首を振る。 「来たら、お前たちが戻れなくなる」 それだけ言って、彼は背を向けた。冷たい言葉に聞こえるのに、なぜか残酷ではない。むしろ、信じることだけを残して去る人間の、最大限の優しさに似ていた。 千尋は深く息を吸った。助けを待つのではなく、仲間を呼ぶ。ひとりではなく、みんなで戻る。その道を選ぶ。通信の途切れた闇の中で、彼女は初めてはっきりと自分の声を出した。 「梓、沙耶、彩乃、聞こえたら答えて。戻るよ。私たちの足で」 返事はすぐには来ない。だが、遠くでひとつ、またひとつ、確かに扉の開く音がした。

7章 / 全10

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