制御室の灯りが戻ったあとも、空気はまだざらついていた。古い端末の起動音が規則を取り戻し、赤く沈んでいた通路の先に、ようやく薄い白が差し込む。千尋は画面を見つめたまま、胸の奥が妙に静かなことに気づいた。恐れているのに、もう逃げたいとは思わなかった。 黒いコートの男は、開いた扉の前に立ったまま動かない。彼は振り返らないまま、低く言った。 「ここまで来れば十分だ」 沙耶が即座に噛みつく。 「十分って何ですか。まだ終わってないじゃないですか」 「終わらせるのはお前たちだ」 その返答に、梓が眉をひそめた。 「先生は、いつもそうやって突き放す。でも、本当は違うでしょう」 男の肩が、ほんのわずかに止まった。 「……違わないさ」 短い沈黙が落ちる。誰もが、その先を待った。けれど男は長く黙ったまま、ようやく続けた。 「俺は、お前たちを生徒だと思って鍛えてきた。だが、それだけじゃない。戦う相手としてじゃなく、隣に立つやつとして見ていた」 千尋が息をのむ。男が本音を漏らしたのは初めてだった。厳しさの芯に、こんなにも静かな認め方が隠れていたのだと、今さら気づく。 「守られるだけの相手なら、ここまで来させなかった。だが、お前たちは自分で考え、怖がって、それでも戻ってきた。ならもう、命令だけでは足りない」 彩乃が小さく目を見開く。 「私たちを、対等に見ているんですか」 「今ごろか」 それはいつもの皮肉に聞こえたが、口元はわずかに緩んでいた。千尋は胸の奥が熱くなるのを感じる。認められたのだと思った。守られる対象ではなく、同じ場で選び、決める仲間として。 そのとき、制御室の奥の回路図に、まだひとつ閉じた区画が赤く残っているのが見えた。学園最深部。そこだけが、いまも何かを隠すように沈黙している。 「まだある……」 千尋がつぶやくと、男は初めて正面を向いた。 「だから言った。勝つためじゃない。守るために戦え」 沙耶が拳を握る。梓が隣の通路を見据える。彩乃は震える指で端末を抱え直した。千尋は三人を見て、そして男を見た。 「私たち、やります。先生に言われたからじゃない。私たちが、この場所を帰る場所にしたいから」 男は何も言わない。ただ、その一瞬だけ瞳を細めた。 「なら、もう十分だ」 次の瞬間、学園の深部から重い警告音が低く響いた。誰かが最後の蓋を外したのだ。男は扉へ歩き出すが、今度は先頭ではない。千尋たちの半歩前で止まり、道を空ける。 「行け。俺は前に出ない。お前たちの戦いだ」 その言葉は、別れよりも強かった。千尋は頷き、仲間を見た。勝つためではない。守るために進む。その覚悟は、もう誰にも奪えない。 そして対策委員会は、赤い警告灯の向こうへ、自分たちの足で走り出した。
規格外の先生
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