空洞の中央で光の糸がほどけるたび、怜の中から何かが静かに抜け落ちていった。痛みは思ったより薄い。ただ、胸の奥で大切に抱えていたはずの輪郭が、指の隙間から砂のように流れていく。綾音はその隣に立ち、何も急かさなかった。黒い衣の裾が風もないのに揺れ、彼女の横顔だけがやけに遠い。 「まだ戻せるわ」 「戻すな」 怜は自分でも意外なほど穏やかな声でそう言った。綾音が目を見開く。 「全部思い出せば、たぶん俺はまた同じことをする。救うために握りしめて、誰かを閉じ込める。なら、ここで一つ捨てる」 手のひらに残っていた最後の記憶の欠片は、綾音に向けた嫌悪の理由だった。だが今はもう、その刺の先にあった感情まで見えている。腹が立ったのは、先に答えを知っていたからではない。自分より先に、何度も傷ついていたからだ。怜はそっと指を開いた。白い断片は空洞へ落ち、光の網に溶けた。 都市のどこかで、封鎖された信号が一つずつ息を吹き返す。学園の放送が正常な音を取り戻し、倒れていた者たちの記録が、失踪ではなく保護に書き換わっていく。異形の揺らぎは消えない。だが、怜が忘却と引き換えに押し留めていた真実は、もう檻の中でしか暴れない。 「これで終わりじゃないのね」 「終わりにしないために、捨てたんだろ」 綾音は苦笑した。初めて見る、棘のない笑みだった。 「嫌いだった?」 「嫌いだった」 「今は」 怜は少しだけ迷ってから答えた。 「必要だと思ってる」 その一言に、綾音は静かに息をのんだ。怜は続けた。 「お前がいなければ、俺はずっと支配しているつもりで壊していた。だから次は、案内役じゃなくて隣に立て」 「命令?」 「頼みだ」 綾音は一度だけ視線を伏せ、それから小さくうなずいた。懐中時計を開く音が響く。針は逆ではなく、まっすぐ前へ進んでいた。 扉の向こうに、別の朝の気配がある。学園でも都市でもない、まだ名前のない時間だ。怜はそこへ向かって歩き出した。失ったものは戻らない。だが、手放したからこそ見える未来がある。 綾音が並んで歩き、肩が触れた。嫌悪で始まった関係は、やり直しを選ぶための距離へ変わっていた。二人は何も言わず、ただ同じ方向を見た。そこには、ようやく壊れないと信じられる新しい夜明けが待っていた。
検閲済みプロット
主人公は優秀な情報解析者で、登校途中に記憶の一部を失っている。大嫌いな同級生は、別の時間軸から来たもう一人の自分で、前世で受けた恩を返そうとしている。ゴシック調の衣装と印象的な外見が物語の重要な手がかりとなる。異世界から来た異形の存在によって仲間たちが次々と危機に陥り、主人公は失ったものを取り戻そうと強く執着する。主人公は財力と影響力を使って状況を動かせる。最後は予想外のどんでん返しで締めくくる。
