エラベノベル堂

時軸を継ぐゴスロリ

全年齢

小説ID: cmnurpgqa001901s8t0vdb996

9章 / 全10

怜は旧講堂の地下最深部へ続く扉の前で立ち止まった。ここまで来るために、都市の交通を回し、警備を張り、研究者を集め、資金の流れすら一本の線にまとめ上げた。その成果は確かに、怜の手の中にあるはずだった。だが扉の向こうから漏れる低い振動を感じた瞬間、胸の奥で何かが反転する。 綾音が後ろに立っていた。黒い衣の袖口を押さえ、いつもの刺々しさを少しだけ消している。 「ここから先は、あなたの管理下じゃない」 「知ったふうに言うな」 「知ってるから言うの」 怜は歯噛みした。中にある異形の核心へ近づけば、学園を覆っていた揺らぎの正体は掴める。そう信じていた。しかし扉の縁に刻まれた細かな文様は、外敵を拒む印ではなかった。記憶の流れを整え、因果の綻びを閉じるための装置の骨格に見える。誰かを閉じ込める檻ではない。何度もやり直すための、巨大な織機だ。 扉が半分開いた。中にあったのは巣ではなかった。広い空洞の中央に、無数の光の糸が張られている。学園の回線、都市の通信、交通、警備、研究、怜が握ってきたすべてが、そこで一本の網として脈打っていた。怜は息を呑む。 「俺が作ったのか」 「作った、というより……受け継いだのよ」 綾音の声は静かだった。 「財力も権限も、最初からあなたの力じゃない。未来のあなたが、未来の自分を試すために残した装置。どこまで救おうとするか、どこで手を離すか。それを確かめるためのね」 怜は愕然とした。支配しているつもりだった網は、試験装置だった。自分が命じたつもりの配置も、救いの限界を測るために既に敷かれていたものだ。支配者だと信じていた立場は、最初から観察者に見られていた。 空洞の奥で、黒い揺らぎが形を持つ。だがそれは襲いかかってこない。むしろ、怜の記憶の抜け落ちた場所へ触れようとしているようだった。避ければ消える。触れれば戻る。どちらにも代償がある。 「異形は敵じゃない」 綾音が言った。 「真実を直視できないあなたが、外へ漏れないように留めていたもの。全部を思い出す代わりに、ここへ置いてきた」 怜の喉が鳴る。失われた屋上の夜、差し出された手、切り捨てた選択。あれは失敗ではなかったのかもしれない。救えなかったのではなく、救うために何かを封じたのだ。 「じゃあ、俺は何を選べばいい」 綾音は一度だけ目を閉じた。 「支配するのをやめること。守るものを、ひとつの形に決めないこと」 その言葉と同時に、怜の端末が白く染まった。都市全域の封鎖が解除され、灯りが順番に戻っていく。代わりに、空洞の中央から細い風が吹き上がり、忘れていた記憶の断片が雪みたいに降ってくる。怜はその中に、自分の手で綾音へ託した約束を見た。 大嫌いだった同級生は、やはり敵ではなかった。未来の自分が、過去の自分へ残した道標だった。 怜は光の糸に手を伸ばし、初めて握りしめるのではなく、編み直すために指を開いた。

9章 / 全10

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