エラベノベル堂

時軸を継ぐゴスロリ

全年齢

小説ID: cmnurpgqa001901s8t0vdb996

2章 / 全10

昼休みの終わり、怜は中庭の片隅で端末を開いた。学園の回線記録を辿れば、朝の違和感の正体くらいは掴めるはずだった。だが検索結果はどれも滑らかに穴が空いている。削除ではない。最初から存在しなかったように整えられている。誰かが、いや、何かが、記録の継ぎ目だけを器用に抜き取っていた。 視線を上げると、白い石畳の向こうに綾音が立っていた。黒い長袖の上着に、細い銀鎖、膝まである靴。古い洋館の絵から抜け出したような姿なのに、周囲の生徒たちは見ないふりで通り過ぎていく。彼女の手には、小さな懐中時計があった。艶の消えた真鍮の蓋に、蔦の模様が彫られている。 「それ、どこで手に入れた」 「質問が雑ね」 綾音は時計を弾いた。秒針の音が、校庭のざわめきに混じるにはあまりに古臭い。怜はそれを見た瞬間、胸の奥がざらついた。あの時計を知っている気がした。いや、知っているだけではない。触れたことがある。誰かに渡したことさえある。そこまで来て、記憶が霧の向こうに逃げる。 「来て。あなたの欠けた部分、ここじゃ拾えない」 「命令するな」 「じゃあ置いていけばいい。けれど、今夜も同じひびが広がるわ」 綾音は踵を返し、渡り廊下の影へ歩いた。怜は舌打ちしかけて、結局あとを追った。嫌悪は消えない。むしろ濃くなる。だが彼女の言葉だけが、朝から続く空白に輪郭を与えていた。 旧資料室は使われていないはずの区画にあった。鍵は閉まっていたが、綾音が古いカードを差し込むと、錆びた音とともに扉が開く。中には学園創立当初の図面、消えかけた標識、年代物の端末が積まれていた。怜が目を走らせると、壁際の棚に妙な印がある。見覚えのないはずなのに、脳が勝手に反応する。情報網の解析画面で、時折現れては消える異常な座標。それと同じ形だった。 「これは何だ」 「断絶の継ぎ目。あなたは一度、ここを越えている」 綾音の指先が、懐中時計の蓋を撫でた。蓋が開く。内側には小さな写真が収められている。そこに写る二人の少年少女のうち、片方は怜に似ていた。だがもう片方は、綾音と同じ顔をしていた。怜の喉が鳴る。 「ふざけるな。お前が何者でも、俺を試す材料にするな」 「試してるんじゃない。戻してるの」 その声は、いつもの棘を失っていた。怜は不信感を抱いたまま、写真に指を伸ばす。触れた瞬間、強烈な既視感が脳を焼いた。夜の屋上。警報。街の灯り。誰かが言う、行かないでという声。綾音の顔が、今よりずっと近くで泣き笑いを浮かべている。記憶はそこまでで途切れたが、怜は確信した。彼女はただの同級生ではない。失われた時間の向こう側から、今の自分に辿り着くための目印だ。 「……案内しろ」 怜が言うと、綾音はほんの少しだけ目を細めた。 「最初から、そう言えばいいのに」 その笑みが妙に遠く見えた。けれど怜は、もう引き返せなかった。時計の針が、どこか見えない場所でひとつ進んだ気がした。

2章 / 全10

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