翌日の開店直後、京介は従業員用控室でメモリに刻まれた番号に電話をかけた。数回のコールの後、女性の声が響く。 「はい、エトワール総務部です」 「ゲームセンターで落とし物を拾ったんですが、USBメモリにここの連絡先が」 「! 少々お待ちください、すぐに確認いたします」 電話の向こうで慌ただしい気配が伝わってくる。数分後、別の回線から折り返しの電話がかかってきた。 「私がエトワールの代表、霧島玲奈です。そのメモリは私のものです。今すぐお伺いしてもよろしいでしょうか」 声は冷静だが、どこか必死さが滲んでいる。京介は眉をひそめた。 「わかりました。店長に伝えておきます」 一時間後、黒塗りの高級車が店の前に停まった。サングラスをかけた女性が降りてくる。スーツは仕立ての良いものだが、その歩き方にはどこか焦りがある。京介はカウンターの中から彼女を見つめた。テレビで見た顔だ。霧島玲奈。二十代後半で急成長企業のトップに立った辣腕の社長。メディアでは冷徹な女傑として知られている。 「あの……USBメモリをお預かりしています」 京介が声をかけると、玲奈はサングラスを外し、深く頭を下げた。 「ありがとうございます。本当に……ありがとうございます」 その角度は、社長が店員にするものとしては異常なほど深い。土下座寸前の勢いだ。周囲の客がざわつき始める。 「霧島さん、頭を上げてください。目立ちます」 「あ……申し訳ありません」 玲奈は顔を上げたが、その表情には安堵と、それ以上に何か追い詰められたような色が浮かんでいた。京介はUSBメモリを差し出す。 「これですよね」 「はい。中身は……見ていませんか」 「いえ、見てません」 京介が答えると、玲奈は大きく息を吐いた。その瞬間、彼女の表情から張り詰めた緊張感が緩み、無防備な顔が垣間見えた。仕事のできる女社長の仮面の下に、脆い何かがある。 「よかった……」 その呟きは、まるで自分に言い聞かせるようだった。玲奈はメモリを手に取り、震える指先でバッグにしまう。そして、京介を真っ直ぐに見つめた。 「このことは、誰にも……」 「わかってます。他人の忘れ物に興味はない」 京介の言葉に、玲奈は小さく頷く。 「感謝します。後日、改めてお礼を」 彼女はそう言い残して店を出ていった。だが、京介の胸には違和感が残った。あの焦燥感、異常なまでの安堵。USBメモリには何が入っていたのか。そして、なぜ彼女はこれほどまでに怯えていたのか。
冷徹な社長を堕す
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