エラベノベル堂

支配を超えた未来へ

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1章 / 全10

キャンバスに向かう蓮の指先が止まっていた。大学のアトリエに流れる静寂、それは創作に必要不可欠な要素だった。だが、隣のスタジオから響くバンドの音がその静寂を容赦なく打ち砕く。 「もう少し静かにできないのか」 蓮は筆を置き、壁を隔てた隣室へ向かった。ドアを開けると、マイクを握る女性がいた。茜だ。鋭いアイライン、肩までの黒髪、そして何よりその存在感。バンドのボーカルである彼女は、蓮の視線に気づくと演奏を止めさせた。 「何よ、用があるなら言いなさいよ」 「創作中なんだ。音が漏れて集中できない」 「ここは音楽科のスタジオよ。美術科が文句言う筋合いないでしょ」 蓮は舌打ちを抑えられなかった。 「芸術を理解しない奴だ」 「あんたこそ、音楽を何だと思ってるの」 二人の視線が絡み合う。反発心が空気を重くした時、スタジオのドアが開いた。 「茜、見つけたよ」 入ってきたのは中年男性。整ったスーツ、慇懃な態度。椎名と呼ばれた男は、茜に近づく。 「久しぶりだね。元気にしてたかい」 「椎名さん……」 茜の声が硬質に変わった。 「もうマネージャーじゃないでしょう。用がないなら帰って」 「君の才能を無駄にしたくないだけだよ」 椎名の視線が茜の体を舐めるように動く。粘着質で、どこか所有欲を含んだ眼差し。蓮の背筋に冷たいものが走った。この男は危険だ。 「茜、もう一度一緒に仕事しないか」 「断る」 「考えておいてくれ。君のことは忘れていない」 椎名は名刺を残し、静かに去っていた。茜は名刺を握り潰す。 「あいつ……最悪」 蓮は壁に背を預け、ドアが閉ざされた方向を見つめる。椎名の残した違和感が胸に淀んでいた。この男が関わるなら、茜との争いなど些細なことに思える。だが蓮はまだ知らない。その予感が、やがて二人の運命を大きく揺さぶることを。

1章 / 全10

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