数日が過ぎ、蓮はキャンバスに向かいながら隣室の様子を伺っていた。茜のスタジオからは今日も歌声が響いている。だが、以前のような力強さは感じられなかった。筆を置いて廊下に出た蓮は、茜がドアの外で電話をしている姿を見かける。小さな声で何かを訴えていた。 「だから、もう……お願いだから」 茜は携帯を握りしめ、震える息を吐く。その表情には焦燥と恐怖が入り混じっていた。通話が終わると、彼女は壁に頭を預けて崩れ落ちそうになる。 「茜」 蓮の声に、彼女は弾かれたように顔を上げた。 「何よ、見ないでよ」 強気な言葉とは裏腹に、その瞳には怯えが宿っている。 「誰からだ、さっきの電話」 「関係ないでしょ。放っておいて」 茜はスタジオに戻ろうとするが、蓮は腕を掴んでいた。 「あの男か。椎名っていう」 「触らないで」 彼女は振り払い、鋭い視線を向ける。 「あんたには関係ない」 だが、その声は震えていた。茜の携帯が再び鳴る。画面を見た彼女の顔色が変わる。着信は非通知、だが彼女はそれが誰かわかっているようだった。 「出なくていいのか」 「出るわけない」 電話は鳴り止まない。蓮は茜の手から携帯を取り上げ、電源を切った。 「何するのよ」 「お前、怯えてるだろ。あいつの前では違う顔をする」 茜は唇を噛み、視線を落とす。 「あの人は……私のすべてを握っていたの。マネージャーとしてじゃない、もっと別の意味で」 その言葉に、蓮は椎名の粘着質な視線を思い出す。支配。その言葉が脳裏をよぎった。 「あいつは危険だ。関わるべきじゃない」 「わかってる。でも、逃げられないの」 茜の瞳に涙が浮かぶ。強気な仮面が剥がれ落ち、一人の怯えた女性がそこにいた。蓮は彼女の肩に手を置く。 「一人で抱え込むな」 茜はしばらく沈黙した後、小さく頷いた。その時、スタジオのドアの隙間から封筒が差し込まれる。蓮が拾い上げると、中には茜の写真が入っていた。隠し撮りされたものだ。裏には椎名の字で『待っている』と書かれている。 「これは……」 蓮は戦慄を覚える。この男は茜を監視し続けていたのだ。支配の影が、確実に彼女に伸びていた。
支配を超えた未来へ
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