エラベノベル堂

視線の奥

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2章 / 全10

朝の光が差し込むリビングで、僕はコーヒーを啜りながらスマホを眺めていた。洗濯物をソファに積み上げたまま、昨日の映像データをチェックする。趣味の映像解析。これだけが僕の生きがいだった。 「何してるの」 冷たい声が背後から降る。如月結衣。警備のバイトから帰ってきたらしい。制服姿の彼女は、僕の周りに散らばった衣類と空き缶を忌々しげに見下ろした。 「生活感がなさすぎる。ここは豚小屋じゃないわよ」 「借りてきたドローンのテスト飛行だよ。文句言う前に手伝ってくれれば」 「拒否する。自分のことは自分で管理して」 彼女はテーブルに一枚の紙を叩きつけた。 「生活ルール。目を通して」 そこには細かい文字で書かれた項目が並んでいた。朝七時に起床。門限は午後十時。風呂は毎日入れ。リビングでの飲食禁止。テレビの音量は十五以下。 「これ全部守るの」 「当然でしょ。社会人なら常識よ」 「僕は夜型なんだけど」 「変更不可。私の勉強の妨げになる」 彼女の瞳には一切の妥協がなかった。警察官試験に向けた追い込み中らしい。僕はため息をつきながら、ルールを読み返した。 「論理的に言えば、門限と風呂は合理的だけど、テレビ音量の根拠は薄いね」 「厚い壁でも音は漏れるの。集中力を削ぐ要素は排除する」 「じゃあ、君が耳栓すれば解決じゃない」 「私の空間に他人が入り込むこと自体が問題なの」 彼女は断固として譲らない。僕は肩をすくめた。 「わかったよ。守る努力はする」 「努力じゃダメ。遵守して」 翌日から彼女の監視が始まった。朝七時きっかりに起こされ、夕食は六時半に固定される。僕が少しでもルールを破ると、彼女は冷徹な視線で指摘した。だが、僕は気づいていた。彼女が深夜に勉強していることを。徹夜で参考書をめくる音が、壁越しに聞こえてくる。真面目すぎるのだ。融通が利かず、自分にも他人にも厳しすぎる。ある夜、僕が台所で水を飲んでいると、リビングでうたた寝する彼女の姿が見えた。参考書を枕に、少し眉を寄せて。その表情は、昼間の鋭さが消え、年相応の少女に見えた。僕は毛布をかけようとなって、やめた。変に勘ぐられるのは御免だ。次の日、彼女は何事もなかったようにルールの遵守を確認してきた。 「昨夜、何かした?通報するわよ」 「してないよ。ただ水飲んでただけ」 「ならいいわ」 僕は彼女の堅物さを皮肉りながらも、次第に観察するようになっていた。完璧を演じる彼女の、その裏にある何かを見つけようとしていたのかもしれない。

2章 / 全10

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