エラベノベル堂

一度解けた封印はもう戻れない

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1章 / 全10

朝の境内は静寂に包まれていた。石段を駆け上がる小鳥のさえずりだけが、澄んだ空気を揺らしている。巫女のこはるは柄杓を手に手水舎へ向かいながら、今日こそは失敗しないと心に誓っていた。 「おはよう、こはる。今日もいい天気じゃのう」 拝殿の縁側で茶をすする祖父の声が背後から響く。 「おはようございます、おじいちゃん。すぐにお茶の用意するね」 こはるは慌てて厨房へ走り、やかんを火にかける。だが、慌てすぎて袖が縁に引っかかり、茶碗が並んだ棚がぐらりと傾いた。 「あっ、待って……!」 ガシャン。見事な音を立てて三つの茶碗が床に散らばった。 「……またか」 祖父のため息が聞こえた気がして、こはるは肩をすくめた。 「ごめんなさい、おじいちゃん。でも、三つとも無事だったよ。ほら、欠けひとつない」 割れていないことを幸いに、彼女は安堵の息をつく。祖父は困ったように笑って、白髪混じりの頭をかいた。 「まったく、お前は昔から変わらぬの。年齢不相応にドジで……でも、それがお前のよさでもあるが」 こはるは恥ずかしさに頬を染めながら、割れなかった茶碗で茶を淹れた。山吹色の液体が湯気を立てる。祖父はそれをゆっくりと啜り、ふと真面目な表情になった。 「こはる。頼みがあるのじゃが」 その口調の変化に、彼女は首を傾げた。 「お倉の奥にある箱を移動してほしいのじゃ。古い奉納品じゃが、儀式の準備で場所を空けねばならぬのでな」 こはるは頷きながら立ち上がる。 「わかった。すぐに持ってくるね」 祖父が厳しい声で釘を刺した。 「いいか、絶対に開けてはいかんぞ。中身はかなり古い呪物での。封印が解けたら大変なことになる」 呪物。その言葉にこはるの心臓が少しだけ跳ねた。だが、彼女は笑顔で答える。 「大丈夫だよ、おじいちゃん。運ぶだけだし」 彼女は境内を横切り、古びた蔵へと向かった。湿った空気が鼻をつく。奥にあった黒い漆塗りの箱は、見た目以上に重かった。 「これを一人で運ぶの……?」 こはるは箱を抱え上げようとして、足元の湿った板に足を滑らせた。

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