エラベノベル堂

舞姫、盤上を制す

18+ NSFW

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2章 / 全10

藤代家の屋敷は、京都市内の静かな住宅街に佇んでいた。黒い瓦に白壁、築百年は軽く超えていそうな佇まい。真人は門の前で一度立ち止まり、深呼吸をした。 「大丈夫、緊張してる?」 華凛が隣から声をかけてきた。今日は淡いピンクの着物を纏い、髪は丁寧に結い上げられている。その姿はまるで人形のように美しく、同時にどこか儚げだった。 「緊張? してないよ。ただ、盤面を眺めてるだけだ」 「……本当に変わった人ね」 華凛は困ったように微笑んだ。玄関をくぐると、重厚な雰囲気が漂っていた。床の間には藤代流の書の軸が掛けられ、厳格な空気が肌にまとわりつく。 「お母様、お父様。ご報告があります」 華凛が正座して頭を下げると、座敷から中年の夫婦が現れた。母親は落ち着いた色合いの訪問着を着こなし、父親は紺のスーツを着ている。二人の視線が真人に突き刺さった。 「こちらが……その、私がお付き合いしている方です。城ノ内真人さん。同じ大学の将棋部で——」 「将棋部?」 父親が眉をひそめた。 「華凛、お前の婿として連れてくるには、あまりにも……」 言葉は続かなかったが、その視線が語っていた。地味、貧相、場違い——。座敷の奥から、さらに年配の女性が現れた。祖母だろうか。小柄だが、眼光は鋭い。 「まあまあ、まずは上がりなさい。細かい話はあとで聞きましょう」 祖母の言葉に、両親は渋々といった様子で従った。茶菓子が出され、真人は正座したまま背筋を伸ばしていた。周囲の視線は冷ややかだ。地味なシャツにスラックス、派手さのない外見。明らかにこの場にはそぐわない。 「それで、城ノ内くんだったかしら。ご実家は何を?」 母親が値踏みするように尋ねた。 「平凡な家庭です。父は公務員で、母はパート勤務。妹が一人います」 「……そう」 母親の失望が色濃く滲んだ。真人は心の中で盤面を眺めていた。この家の力関係——父親は形式的な権威を持つが、実質的な決定権は祖母にある。母親は見栄っ張りで、家の体面を気にする。そして華凛は、そのすべてに縛られている。 「あんた、華凛のどこが好きなんだ?」 父親が無遠慮に聞いてきた。真人は一瞬だけ華凛を見た。彼女は下を向き、拳を握りしめている。その細い肩にどれだけの重圧がかかっているか——。 「強さです」 「強さ?」 「彼女は、自分の人生を生きようとしている。それを邪魔するものがあれば、全力で戦う。そんな強さに惹かれました」 座敷が静まり返った。華凛が驚いたように顔を上げる。 「ふん。口だけは上手いようね」 母親が鼻を鳴らした。 「でもね、華凛にはもう決まった縁談があるの。城ノ内くん、あんたには申し訳ないけれど——」 「お母様」 華凛が口を開いた。声は震えていたが、芯があった。 「その話、私はお断りするつもりです」 真人は心の中で駒を動かした。この一局、悪くない——そう思いながら。

2章 / 全10

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