翌朝、教室に入った隼太は、まず看板を見て足を止めた。昨夜まできちんと整っていたはずの文字が、なぜか少しだけ書き換えられている。いじわるな落書きというより、誰かが妙に手を加えた結果のようで、葵奈も入口で目を丸くした。 「これ、犯人探しする?」 「……正直、今さら感はあるな」 隼太の答えに、葵奈は吹き出した。 「だよね。大騒ぎしたって、字は元に戻らないし」 二人は顔を見合わせ、結局そのまま笑って受け流すことにした。文化祭が終わっても、屋台の片付けや備品の返却は残っている。だからこそ、余計なことに振り回されるより、目の前の作業を一つずつ進めたほうがいい。隼太が段ボールをまとめれば、葵奈がガムテープを差し出す。葵奈が紙皿の数を数えれば、隼太が不足分を記録する。昨日までと変わらない手つきなのに、互いの距離だけが少し違って見えた。 廊下を通るクラスメイトたちは、看板を見つけるたびに笑いをこらえきれない様子だった。 「お似合いじゃん」 「もうそれ、クラス公認でしょ」 からかいに近い声もあったが、誰も悪気はなかった。むしろ、祝福の形が少し変わっただけだと、教室全体がわかっているようだった。葵奈は頬をかきながら肩をすくめ、隼太は真面目な顔を崩しきれないまま小さく息を吐く。 「公認って、何だよ」 「いいじゃん。せっかくだし」 葵奈はそう言って、隼太の横に自然に並んだ。二人で屋台の残りを片付ける姿は、もう誰から見ても不自然ではない。手が空けばどちらかが気づき、言葉にしなくても動きがそろう。その様子に、周りの笑いも次第に温かさを帯びていく。 やがて、誰かが看板を指さして言った。 「その言葉、もう屋台の合言葉でいいんじゃない?」 「合言葉?」 「うん。あれ、見たら元気出るし」 最初は書き換えのいたずらだったはずなのに、いつの間にかそれはクラス全員の祝福として定着していた。妙に間の抜けた字面なのに、誰も否定しない。むしろ、その看板を見るたびに、あの騒がしい夜を思い出して笑ってしまう。 隼太は看板を見上げ、少しだけ困ったように眉を寄せた。だが次の瞬間、葵奈が袖を引く。 「ねえ、正式に、ってやつ」 その声はいつもより静かで、けれど逃げなかった。隼太も同じように、まっすぐうなずく。 「……ああ。よろしく」 葵奈は目を細めて笑った。教室の空気は騒がしいのに、不思議と落ち着いている。看板の言葉は、もうただの文字ではなかった。からかいと祝福が混ざったまま、二人の始まりを見守る、クラス全員の記憶として残っていく。 隼太は段ボールを抱え直し、葵奈はその隣で軽く手を振る。看板の下で交わされた短いやり取りは、最後まで意外で、けれどとても温かかった。
検閲済みプロット
私立桜ヶ丘高校の文化祭前日、真面目な学級委員の隼太と、遅刻常習犯で明るい葵奈は、担任から焼きそば屋台の責任者に任命される。最初は段取り重視の隼太と、思いつきで動く葵奈が衝突するが、葵奈の奇抜な看板案と隼太の几帳面な準備が意外に噛み合い、屋台は大人気に。閉店後、隼太は葵奈に告白しようとするが、片付け忘れた校内放送のマイクが入りっぱなしで、全校に本音が流れてしまう。葵奈は大笑いしながら「私も好き」と返事。翌日、屋台の看板は勝手に「夫婦焼きそば」に書き換えられていた。
