教室の中に、まださっきのざわめきが残っていた。廊下の向こうでは足音が増えたり止まったりしているのに、扉の内側だけが妙に静かだった。隼太は自分の声が校内に流れた事実を、ようやく現実として受け止めていた。耳の奥が熱い。視線を上げることさえためらうのに、葵奈だけは逃げなかった。 彼女は一度だけ目をぱちりと瞬かせ、それから、困ったように笑った。茶化すでもなく、気まずそうに逸らすでもない。ただ、その表情には確かに戸惑いがある。それでも、隼太の言葉を軽く扱わないまま受け止めてくれていた。 「今の、隠しようがないね」 葵奈の声は小さいのに、やけに鮮明だった。隼太は喉の奥につかえたままの言葉を探す。言わなければ終われない。だが、焦れば焦るほど、胸の中で組み立てていたはずの順番が崩れていく。 「俺は、お前といると、すごく助かった」 言い直した声は震えていた。けれど、葵奈は笑わなかった。代わりに、少しだけ眉を下げて、隼太の方へ一歩近づく。 「助かった、だけ?」 その問いは、からかいではなかった。隼太は息を止め、やっと視線を合わせる。教室の空気が、紙みたいに薄く感じられる。外の騒ぎが遠い波のように押し寄せては引いていく中で、目の前の葵奈だけがはっきりしていた。 「違う」 短く答えると、葵奈の口元が少しだけ和らいだ。彼女は視線を落とし、それからまた隼太を見る。いつもの軽さを残したまま、けれど逃げない目だった。 「じゃあ、私も同じ」 その一言で、隼太の胸の奥が大きく揺れた。教室の外からは、誰かの驚いた声や、押し殺しきれない笑いが混じって聞こえる。おそらくもう、何人もの生徒がこの騒ぎを知っている。それでも、二人の間にあるものは、もう周りの騒がしさに流されなかった。 葵奈は少しだけ顔を赤くしながら、わざとらしく肩をすくめる。 「隼太、そういうのは、せめて片付け終わってから言ってほしかったな」 「……悪かった」 「でも、嫌じゃない」 その返事は、隼太の思っていたどの言葉よりもまっすぐだった。彼は何も言えず、ただ息を吐く。安堵と、信じられない気持ちと、ようやく形になった熱が、胸の中で静かに混ざっていく。 外の廊下がさらに騒がしくなる。誰かが扉の前まで来て、すぐに立ち去る気配がした。けれど、葵奈はそのたびに怯えることなく、むしろ少しおかしそうに笑っている。隼太もつられるように、ほんの少しだけ口元を緩めた。 忘れられない夜になる。そう思った瞬間、教室の片隅で乾ききった看板が、薄暗い灯りの下にぼんやり浮かび上がった。
放課後屋台と公開告白
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