エラベノベル堂

記憶を継ぐ王女

全年齢

小説ID: cmot1o27p07ki01lufke1a51m

9章 / 全10

真由は地図を膝に広げたまま、しばらく動けなかった。宿場の灯はもう夜の色に溶けているのに、羊皮紙の上だけは薄く白く浮かび上がって見えた。第七の印、第八の断章。丘の祠で拾った文と、いま手元にある線を重ねるたび、ばらばらだった欠片がひとつの輪郭を結び始める。 王女は血のために在らず。門を守るために在り、月の下で契約を継ぐ者なり。続きは、真由の頭の奥でかすれた声のように響いた。門とは何か。誰が門を守らせたのか。思い返すたび、胸の奥に沈んでいた記憶の底が、静かに揺れる。そこには城の白い回廊だけではない。もっと古い石の匂いと、深い闇の向こうで誰かが息を潜める気配があった。 真由は目を閉じた。すると、断章に触れた指先から熱が広がり、忘れていた景色が流れ込んでくる。高い壁。幾重にも重なる封印の紋。城の広間で交わされた言葉の端々。あれは敵意ではなかったのかもしれない。少なくとも、表向きに語られていたような単純な侵略ではない。迷宮の魔族は、王国の繁栄と引き換えに、長いあいだ封じられてきた存在だった。 喉の奥が乾いた。追放されたときの冷たい視線も、試験場での嘲りも、魔族との交渉で感じた噛み合わなさも、別々の出来事ではなかったのだ。誰かが最初から、対立するように仕向けていた。魔族を恐れる空気を育て、王宮の中では責任の押しつけ合いを煽り、真由ひとりに疑いが集まるよう、流れそのものを整えていた。 真由は地図の印を指でなぞった。古い契約の結び目は、ひとつではない。国のどこかに散らされた痕跡は、封印の維持だけでなく、歴史の書き換えにも関わっている。王国が見てきた正しさは、誰かの都合で磨かれた表の顔にすぎないのかもしれない。 胸の奥で、怒りがゆっくり形を取った。相手が魔族だから排除してよい、そんな単純な話ではなかった。むしろ、見えなかった歴史の全貌を隠し、争いを当然のものに見せていたものこそが、真由の敵だった。 「……最初から、そうだったの」 声に出すと、夜の静けさに吸い込まれた。だが答えは、もう自分の中にある。真由は地図を折りたたみ、断章の写しを胸元にしまった。これまでの対立は、自然に生まれたものではない。意図して作られたものだ。そう確信した瞬間、足元の不安だけが少しだけ形を失った。真由はまだすべてを思い出していない。それでも、見えなかった歴史の端に、ようやく手が届いた気がしていた。

9章 / 全10

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