エラベノベル堂

喫茶店から守る声

全年齢

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1章 / 全10

町外れの通りは、夕方になると車の音すら少なくなった。相良陸斗は喫茶店のカウンターに肘をつき、磨き終えたグラス越しに薄く橙へ沈む空を眺めていた。看板は古いが、店内には豆を挽く香りと、常連たちが置いていく小さな気遣いが満ちている。派手さはない。それでも、ここで過ごす時間は嫌いではなかった。 コーヒーを一杯飲み終えたころ、扉が鳴った。入ってきたのは瀬川浩輝だった。軽口を叩きながらも、今日はどこか落ち着きがない。陸斗が水を出すと、浩輝は 「ちょっと聞いたんだけどさ」 と声を落とした。 話題は白石莉緒だった。人気配信者で、陸斗にとっては借りのある相手だ。まだ名前を知る前、彼女は誰にも気づかれない形で、陸斗が困っていた夜を救ってくれたことがある。礼を言う間もなく流れていった恩だったが、陸斗の中ではずっと残っていた。 「最近、妙な噂が回ってる。誰かが莉緒の周りを嗅ぎ回ってるって話だ」 浩輝は肩をすくめたが、冗談めいた口調に似合わない真剣さがあった。陸斗はすぐに茶化さなかった。名前だけで流れる噂は、時に本人より先に人を傷つける。まして相手が、画面の向こうで多くの視線を集める相手ならなおさらだ。 陸斗はカップを置き、窓の外に目を向けた。店の前を通る人影は少ない。静かな街角だからこそ、目立たない違和感は妙に残る。 「確かな話か」 「確かじゃない。けど、空気は悪い。いつもと違うっていうか」 浩輝の言葉を聞きながら、陸斗は胸の奥で小さく息を吐いた。恩を返す理由としては十分だった。大げさに踏み込む必要はない。ただ、何かが起きているなら、まずは様子を見る。それだけでいい。必要以上に近づかず、だが見過ごしもしない。そう決めると、気持ちは不思議と静まった。 陸斗は片づけを続けながら、莉緒の配信を見かけたときの明るい声を思い出した。まっすぐで、少し強がりで、それでも不自然なくらい気配りが行き届いていた。あの慎重さの裏に、今の噂と繋がるものがあるのかもしれない。そう考えると、ただの人気者として流すには気になりすぎた。 「ありがとな、浩輝」 「珍しいな。お前がそんな顔するの」 陸斗は小さく笑っただけで答えなかった。店の奥では、湯の沸く音が静かに響いている。外の空気は冷え始めていたが、店の中はまだ穏やかだった。陸斗はその温度を確かめるようにして、次に何を見るべきかを心の中でそっと定めた。

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