閉店したはずの店内は、まだ完全には暗くなっていなかった。相良陸斗はカウンターの奥で照明を一段落とし、端末の光だけを手元に残していた。莉緒は窓際の席に座ったまま、指先でカップの縁をなぞっている。さっきまで浩輝と共に追っていた記録は、彼女の知らない過去へとつながる気配を濃くしていた。その重さが、いまは部屋の空気まで沈めているようだった。 しばらく沈黙が続いたあと、莉緒がようやく口を開いた。 「……私、ずっと、弱いところを見せたら終わりだと思ってた」 声はかすれていたが、逃げる気配はなかった。陸斗は端末を伏せ、続きを待つ。莉緒は視線を落としたまま、言葉を選ぶように息を吐いた。 「一度でも隙を見せたら、そこから全部掘られる。今まで隠してきたことも、関わった人のことも、全部まとめて汚される気がして。だから、何も言わない方がいいって思ってた」 陸斗はすぐに否定しなかった。強がりでも虚勢でもなく、それは彼女が自分を守るために積み上げてきた壁だった。壊すのは簡単だが、壊したあとに残るものはもっと傷つく。 「守ろうとして黙ってたんだな」 そう言うと、莉緒はわずかに肩を震わせた。 「守るっていうより、逃げてたのかもしれない。見つかったら、また同じことになる気がして」 陸斗は椅子を一つ分だけ引き寄せた。距離は詰めすぎない。ただ、ここにいると伝わる程度でいい。 「逃げるのが悪いとは思わない。けど、もう一人で抱える必要はない」 莉緒が顔を上げる。帽子の影に隠れた瞳が、戸惑いと安堵のあいだで揺れていた。 「でも、あなたまで巻き込みたくない」 「巻き込まれるんじゃない。一緒に向き合う」 陸斗は静かに言った。 「俺は莉緒を守るだけの立場じゃない。隣で状況を見て、必要なら手を貸す。相棒として、だ」 その言葉に、莉緒はしばらく返事をしなかった。カップの中の湯気はもう薄い。それでも手を離さずにいたのは、そこに温度が残っているからだろう。やがて彼女は小さく息を吸い、ほんの少しだけ口元を緩めた。 「……相棒、か」 その響きは、試すようでもあり、救われたようでもあった。 陸斗は頷き、端末の画面を再び開いた。浩輝が拾ってきた断片、喫茶店に集まった証言、配信上の不自然な流れ。まだ線は結べる。莉緒も、もう黙って震えているだけではないだろう。彼女はカップを両手で包み直し、今度は前より少しだけまっすぐに座り直した。 店の外では風が看板を鳴らしていたが、店内の空気は先ほどより静かだった。莉緒が隠し続けてきた理由は、ようやく言葉になった。陸斗はその重みを受け止めながら、次に何を確かめるべきかを黙って見据えた。
喫茶店から守る声
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