エラベノベル堂

喫茶店から守る声

全年齢

小説ID: cmotm8j6t02d001pc1hz7hmrq

8章 / 全10

閉店の札を掛けたあとも、陸斗はすぐに照明を落とさなかった。カウンターの奥で端末を開き、浩輝から届いた記録を並べ直す。送信時刻、添付された断片、書き出しの癖。どれも別々に見えたが、つなげてみると、ある一点へ向かって細く収束していた。莉緒を揺さぶるための材料が、ただ集められたわけではない。誰かが過去の欠片を拾い上げ、都合よく並べ替えている。 浩輝は店の隅で腕を組み、壁にもたれていた。 「やっぱり、ただの悪ふざけじゃない」 「ええ」 陸斗は短く返し、画面を指で送る。公開されていた記録の中に、莉緒が知らないはずの出来事が混ざっていた。本人しか知り得ないはずの場面のようでいて、当人の記憶と噛み合わない。書かれている内容そのものより、そこに添えられた誘導が不自然だった。見覚えのある断片をつなげれば真実に見えるよう、丁寧に仕立てられている。 浩輝が眉をひそめる。 「これ、出所をたどれば分かるかもしれないな」 陸斗は頷いた。匿名の投稿がどこから始まったのか、誰が最初に火をつけたのか。断片だけでは足りないが、手がかりは残っている。投稿の流れ、反応の重なり、同じ文脈を別々の口調で繰り返している痕跡。そこに、脅しの輪郭が浮かび始めていた。莉緒を困らせるだけでなく、何かを隠すために騒ぎを大きくしている。そんな気配が、画面の明るさの奥で息をしている。 店の入口のベルが鳴るたび、陸斗は反射的に顔を上げた。だが、来るのは常連が忘れ物を取りに寄っただけだったり、空気を読んで早めに帰る客だったりする。そのたびに、店内の緊張は少しだけほどける。けれど、端末に戻ればまた、知らない記録が冷たい顔で並んでいる。 「莉緒本人にも、まだ見えていないものがあるかもしれない」 陸斗が言うと、浩輝は軽く息を吐いた。 「見えてないっていうか、見せられてないんだろ。隠されてる側か、隠した側かは知らないけど」 その言葉に、陸斗は手を止めた。隠された脅迫の構図。その奥へ、確かに近づいている。だが今は、輪郭が見えたばかりだ。紙片の端をつまむようにして、ほんの少しだけ真実へ触れた気がした。 陸斗は端末を伏せ、深く息を吸う。静かな店内には、冷めかけたコーヒーの香りと、壁掛け時計の規則正しい音だけが残っている。莉緒が知らない過去が、誰かに利用されている。その事実を前にしても、今はまだ焦る段階ではない。まずは、出所を確かめる。 浩輝が小さく頷いた。 「明日、もう少し掘れる」 陸斗もまた頷き返す。画面の向こうで、見えない圧力が静かに形を変えていく。莉緒の知らない記録は、ただの雑音ではなかった。そこに、脅しの線が隠れている。陸斗はその線を見失わないよう、端末の黒い画面をじっと見つめた。

8章 / 全10

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