佐伯結衣が総務課に来たのは、月曜の朝のことだった。新しく配属された後輩だと紹介されて、一真は資料の束を抱えたまま、軽く会釈を返した。細い肩に少し大きめのカーディガン、落ち着いた声、目を合わせるたびに控えめにうなずく様子は、いかにも慎重で、どこか頼りなかった。 困ったことがあれば言ってください。そう口にした自分の声が、思ったより先輩らしく聞こえて、一真は少しだけ背筋を伸ばした。だが結衣は、ありがとうございます、と小さく笑っただけで、それ以上は何も言わない。受け答えは丁寧なのに、どこか壁がある。仕事はまだ慣れていないはずだし、こちらが引っ張っていくしかないのだろうと、一真はその時点では思っていた。 昼前、彼女に書類の確認を頼んだところで、事件は起きた。コピー機の前で紙詰まりを直そうとした結衣が、手元を誤ってファイルを落とし、かがみ込んだ拍子にカーディガンの前が少し乱れたのだ。ほんの一瞬だった。だが一真の視界には、普段の控えめな印象からは想像もつかない、鮮やかな色のインナーがくっきりと飛び込んできた。 時間が止まった気がした。結衣もすぐに気づき、顔を真っ赤にしたまま身を起こした。だが彼女は慌てふためくより先に、乱れた前をきっちり整え、落としたファイルを拾い上げると、何事もなかったように微笑んだ。その笑みは、先ほどまでの小動物のような雰囲気とは違って、妙に落ち着いていた。 一真は、すみません、の一言を飲み込むのに必死だった。見たことへの気まずさと、見てしまったことへの申し訳なさが胸の中で絡まり合う。けれど結衣は、こちらの動揺を見抜いたのか、ふっと肩の力を抜いて言った。 見ちゃいましたね。 そのあまりにあっさりした言い方に、一真は言葉を失った。怒るでもなく、取り繕うでもなく、まるで少しだけ面白い失敗でも共有したみたいな調子だった。結衣はなおも頬を赤くしたまま、それでも目だけはまっすぐにこちらを見ている。控えめで物静かな後輩だと思っていた印象が、たった数秒で大きく揺らいだ。 一真はようやく息を吐き、視線をそらしながら、あらためて彼女を見た。さっきまで頼りないと思っていたその姿が、なぜか急に別人のように見える。小さく縮こまっていたはずの空気の奥に、思い切りの良さのようなものが潜んでいた。 結衣は乱れた髪を耳にかけ、何でもないように書類を差し出した。先輩、これ、続けてもいいですか。そう問いかける声は静かなのに、どこか妙な強さがあった。一真は慌ててうなずきながら、もう一度その横顔を見た。地味で控えめな後輩のはずだったのに、その奥には、どうやら簡単には見抜けない何かがあるらしい。
控えめ後輩の仮面
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