エラベノベル堂

控えめ後輩の仮面

全年齢

小説ID: cmouamwu906s301pcxxr48bom

2章 / 全10

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一真は、どうにか平静を保ったまま、その場をやり過ごした。視線を外し、書類の並びを確認し、必要以上に声を落とす。いつも通りの仕事の顔を作れば、さっきの出来事もただの小さな事故に見えるはずだった。そう思っていたのに、隣で作業を続ける結衣の気配だけが妙に鮮明だった。 結衣はというと、まだ頬を赤くしたままなのに、妙に堂々としていた。下を向けば恥ずかしさに飲まれそうなはずなのに、彼女はペンを持つ手を止めず、必要な確認だけを淡々と済ませる。そのくせ、ふいに顔を上げたかと思うと、何事もなかったように一真を見た。 先輩、さっきのこと、忘れましたか 小声だった。だが、からかいを含んだ響きははっきりしていた。一真は書類の端を揃えながら、まだ忘れられる段階ではない、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。結衣はその反応に小さく肩を揺らし、赤い耳を隠すように髪を耳にかけた。 翌日になると、結衣はさらに様子が違っていた。相変わらず丁寧で控えめな口調のまま、それでも一真の前だけ、ほんの少しだけ距離が近い。書類を渡すときに指先が触れそうな間合いで止まり、何でもない質問をしながら目だけで様子をうかがう。昨日の気まずさを引きずるどころか、むしろそれを手札みたいに使っている気配があった。 先輩、昨日より落ち着いてますね 昼前の確認作業の途中、結衣がさらりと言った。一真は顔をしかめる。からかわれているのは分かっているのに、真面目に返せば返すほど彼女の口元がわずかにゆるむ。しかも、その笑みには嫌味がない。ただ、こちらの動揺を面白がっているだけだ。 いや、普通だろう そう返すと、結衣は小さく首をかしげた。 本当に? たったそれだけの言葉なのに、一真はなぜか目をそらしたくなった。昨日の件を引きずっている自分と、平然と軽口を返してくる後輩。その落差が、仕事の合間の静かな空気を少しずつ揺らしていく。控えめで無口な新人だと思っていた印象は、もう戻らない。代わりに、何を考えているのか簡単には読めない、妙に手強い相手の輪郭がくっきりしてきた。 結衣は書類を閉じると、何でもない顔で一真の前に置いた。 じゃあ、今日はこのあたりまでで その声は落ち着いていたが、どこか楽しげでもあった。一真は返事をしながら、ふと悟る。見てしまったのは自分のほうなのに、どうやら向こうはもう、この気まずさを自分のものにしているらしい。

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