春川浩は、公園のベンチに浅く腰を下ろしたまま、夕方の空を見上げていた。高瀬真理は隣で赤い裾を静かに整え、もう震えてはいない。あれほど張りつめていた肩が、ようやく少しだけ下りたのが分かった。 「……これで、しばらくは大丈夫そうですね」 浩が言うと、真理は小さく息を吐いた。 「ええ。たぶん、もう誰にも掘り返されない」 その言葉には、安堵だけではなく、どこか照れたような響きがあった。浩は横目で彼女を見る。学校で見せるきっちりした顔とは違う、力の抜けた素顔。今ここでだけ見せるものだと、真理自身がようやく認めた顔だった。 「春川くんには、見られっぱなしね」 「見たのはそっちからでしょう」 「最初に驚かせたのは、あなた」 久しぶりに言い返されて、浩は思わず笑った。真理もほんの少しだけ口元をゆるめる。その一瞬だけで、夜の公園で続いてきた緊張は、薄い膜みたいに剥がれ落ちた。 ふたりはしばらく黙ったまま、ブランコの揺れる音を聞いていた。風は弱く、砂場の端に落ちる影も長い。浩はそこで、噂を怪談に仕立て直すために自分がどれだけ走り回ったかを思い出す。赤タイツの男。公園の幽霊。誰かが勝手に広げたはずの話を、最後には自分で別の形に上書きしたのだ。 けれど、その中心にあったのが本当に噂だったのか、いまは少し怪しい。 浩はふと、最初にこの公園へ来た夜のことを思い返した。暗がりに浮かんだ赤い影に、心臓が跳ね上がった。あの恐怖は、目の前の真理そのものよりも、自分の中でふくらんでいた。正体が分からないものを、勝手に怪談へ変えていたのは、もしかしたら自分のほうだったのかもしれない。 「先輩」 「なに」 「今日のこと、二人だけの秘密にしましょう」 真理は一度だけ目を伏せ、それから静かにうなずいた。 「ええ。あなたが守ってくれたんだから」 その返事に、浩の胸の奥が少し熱くなる。秘密を共有する、と口にすると大げさだが、たしかに今のふたりは、誰にも言えない輪の中にいた。 真理が立ち上がり、赤い裾を軽く払う。浩も続いて腰を上げた。夕暮れはもう公園の隅まで降りてきている。 帰り支度をするその瞬間、浩はもう一度だけブランコの方を見た。揺れていたのは、遊具だったのか、それとも最初から自分の怖さだったのか。風のせいでそう見えただけかもしれない。だが、どれでもよかった。 浩の中で、赤タイツの怪談はもう完全に別の話へと塗り替えられていた。残ったのは、消えない夜の気配と、隣を歩く真理の気配だけだった。
検閲済みプロット
深夜の公園で『赤タイツ男』の怪談を耳にした主人公は、怖がりながらも好奇心に負けてスマホを手に公園へ向かう。ブランコの奥から現れた赤い影の正体は男ではなく、学校一まじめで成績優秀な先輩だった。先輩は赤タイツ姿で奇妙な体操をしており、見つかった瞬間、秘密を知られたことへの強い動揺を見せる。主人公はその弱みを握ったことをきっかけに、先輩との奇妙な共犯関係に巻き込まれる。先輩は『受験の緊張をほぐすため、誰もいない夜の公園で変な格好をすると落ち着く』という情けない秘密を抱えていた。主人公は恐怖と同情のあいだで揺れつつ、秘密を守る代わりに先輩と約束を交わし、二人の関係は思わぬ方向へ深まっていく。
