エラベノベル堂

赤タイツの秘密

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9章 / 全10

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「……さっきの、あれでよかったんですか」 春川浩が公園の入口を振り返ると、高瀬真理はまだ少し青い顔のまま、赤い裾を握っていた。後輩の足音はもう遠い。夕方の光が斜めに落ちて、ベンチの影を長く伸ばしている。 「よかった、って何が」 「夜の自主練ってやつです。だいぶ無茶でしたよ」 浩は肩をすくめたが、真理は笑わなかった。代わりに、視線を地面に落としたまま小さく息を吐く。 「無茶でも、ああ言ってもらえて助かった」 その一言が、妙に重かった。浩は口を開きかけてやめた。からかい半分で見ていたはずの先輩が、今は本当に限界ぎりぎりに立っている気がしたからだ。 「先輩、そんなに追い詰められてるんですか」 真理の肩がぴくりと動く。しばらく黙っていたが、やがて観念したようにベンチへ腰を下ろした。 「……私、ずっと一人だったから」 浩は横に立ったまま、その続きを待った。 「周りには人がいるのに、話せる相手がいない。成績も、態度も、全部ちゃんとしなきゃって思うほど、誰にも頼れなくなる。失敗したら終わりみたいで、息をするのも苦しい時があるの」 言葉は震えていた。学校で見る整った声とは全然違う。浩は思わず息を止めた。 「受験も、近くなるほど怖い。みんな平気そうに見えるのに、私だけ置いていかれる気がして……だから、あんな変なことでもしないと、頭が真っ白になる」 赤い服の袖を握る指先に力が入る。真理はそこでようやく浩を見た。目元は濡れていないのに、泣く寸前のように見えた。 「笑ってもいいけど、今だけはやめて」 浩は喉の奥で引っかかっていた言葉を飲み込み、ゆっくり首を振った。 「笑いませんよ。さすがに」 そう返した自分の声が、思ったより低かった。あの夜、怖がるばかりで何も知らなかった自分が恥ずかしい。秘密を見つけたつもりでいたが、本当は、追い詰められた誰かを勝手に面白がっていただけだったのだ。 浩はベンチの端に腰を下ろした。 「先輩、もう一人で抱えるのやめましょう。少なくとも、俺の前では」 真理は驚いたように目を丸くした。すぐに否定の言葉が来ると思ったのに、彼女は何も言わない。 「今日みたいなの、またあったら困るし。噂も、まだ完全には消えてないですから」 「……春川くんは、怖くないの」 「怖いですよ。めちゃくちゃ」 浩は苦笑した。 「でも、先輩が一人で苦しんでるほうが、もっと嫌です」 真理はしばらく黙っていた。やがて、息を整えるみたいに小さくうなずく。その仕草は、完璧な優等生ではなく、ようやく肩の力を抜いた一人の人間のものだった。 夕方の風が二人の間を抜ける。浩は赤い裾を見てから、真理の横顔へ視線を戻した。からかう側に立っていたはずなのに、いつのまにか支える側に回るしかないと分かっていた。 「じゃあ、次からは俺が見張ります」 「何を」 「先輩が無理しすぎないように、です」 真理はほんの少しだけ口元をゆるめた。その表情はすぐ消えたが、さっきまでの張りつめた空気は少し薄くなっている。 浩はベンチの木目を指でなぞりながら、静かに決めた。もう秘密を握って楽しむのは終わりだ。真理の赤い夜を、からかいではなく、隠すために使う。 そのとき、真理が小さくつぶやいた。 「……ありがと」 浩は答えの代わりに、少しだけうなずいた。公園の奥では、まだ夕暮れの影が長く揺れていた。

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