エラベノベル堂

灼熱研究室の雪女

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1章 / 全10

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真夏の深夜、大学研究室の扉を開けた瞬間、熱が押し寄せてきた。外気の蒸し暑さとは別物の、機械が抱え込んだ熱だった。壁際のラックに並ぶ計測機器が赤いランプを瞬かせ、室内の空気は重く、息を吸うだけで喉が焼けるようだった。 「まさか、この時間に止まるとはな」 教授である私は、額の汗を袖でぬぐいながら空調の制御盤を開けた。表示は正常を示しているようでいて、吹き出し口からは生ぬるい風すら出てこない。応急運転を試し、ブレーカーを確認し、室外機の稼働音を耳で追う。けれど、どこにも決定的な異常は見つからなかった。 そのとき、背筋を這うような冷気が一瞬だけ走った。真夏の空気のただ中に、不自然な涼しさが紛れ込む。思わず振り向いたが、研究室の奥には薄暗い棚と、沈黙した機材だけがある。次の瞬間には、また熱が戻ってきた。まるで誰かが部屋の温度を手で弄んでいるかのようだった。 机の上の温度表示もおかしかった。さっきまで三十七度を超えていたはずの数字が、ちらりと二十五度を示し、すぐにまた三十八度へ跳ね戻る。私は目を凝らしたが、表示は何事もなかったように落ち着く。機器の熱暴走か、配線の接触不良か。そう片づけようとしても、喉元に残る冷えだけが妙に生々しかった。 「この研究室には、昔から変な噂があるんですよ」 空調の確認に追われる私に、学生の一人が昼間そう言っていたのを思い出した。深夜になると、誰もいない廊下から足音がする。薬品庫の前で、白い影を見た者がいる。馬鹿げた話だと笑ったはずなのに、今は笑えない。熱と静寂と、説明のつかない冷気が、怪談を現実の形にしてしまう。 私は制御盤を閉じ、深く息を吐いた。汗で濡れた手のひらが震えている。研究室の蛍光灯は変わらず白く光っているのに、その明かりの下だけが妙に頼りなく見えた。扉の向こうの廊下は暗い。あそこへ続く気配を想像しただけで、背中に冷たいものが貼りつく。 こんな夜に、ひとりでいるべきではない。そう悟ったとき、またどこかで、機器の表示が小さく瞬いた。

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