エラベノベル堂

灼熱研究室の雪女

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10章 / 全10

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彼女と私は、制御盤の前で同時に息を止めた。さっきまでのかすかな光は、もう消えている。それなのに、室内の空気だけがひどく冷たく感じられた。熱で肌がべたつくのに、背筋には別の寒さが貼りついて離れない。 「……今のリモコン、誰も押してないですよね?」 青ざめた声だった。白衣姿の彼女が、紙束を抱えたまま私を見上げる。私はその問いにすぐ答えられなかった。手元のリモコンは机の上にある。誰かが触った形跡もない。表示面は暗いままだったはずなのに、今は確かにエアコン本体のランプが点いている。 私はゆっくりと振り返った。壁際の装置は、壊れたまま沈黙しているように見えた。だが、吹き出し口の奥から、ありえないほど静かな作動音が届く。もう復旧の手応えなどないと思っていたのに、機械は勝手に目を覚ましたらしい。 表示板を見た瞬間、言葉を失った。室温は、二十一度。 さっきまで三十度を超えていたはずの数字が、まるで最初からそうであったかのように整っている。しかも、下がり方が不自然だった。熱気が引くというより、部屋のどこかが一気に冷やされたような落ち方だった。 「おかしいな」 私が呟くと、彼女の肩がぴくりと揺れた。 「おかしい、どころじゃないです。止まってたのに」 彼女の顔から血の気が引いていくのが分かった。私も同じだっただろう。ついさっきまで、私たちは故障と記録の乱れと、誰かの仕掛けた演出を追っていた。だが、今この瞬間の再起動だけは、どれにも当てはまらない。 私はリモコンを手に取った。ボタンには触れていない。なのに、押し込まれたような痕だけが、薄暗い光の中で妙にくっきり見えた。 彼女が小さく息を呑む。 「教授……」 呼ばれて、私はようやく顔を上げた。見慣れた研究室のはずなのに、もう以前と同じ場所には思えない。白い蛍光灯の下、機材の影がやけに深い。冷気は床から這い上がるのではなく、壁の中から染み出してくるようだった。 私は理解した。これは偶然ではない。彼女の抗議でも、配線の不調でも片づかない。研究室には、まだ残っている。人の手の届かないところで、ずっと息を潜めていた謎がある。 「……逃げないよ」 自分に言い聞かせるように口にすると、彼女がこちらを見た。疑いを完全には捨てきれない顔だ。それでも、同じ冷気を感じている者同士の目だった。 私たちは顔を見合わせたまま、再び表示板へ視線を戻した。二十一度の数字は、静かに瞬いている。次に何が起こるのか、まだ分からない。ただ、この研究室に残る本当の謎と向き合う時が来たのだと、私ははっきり悟っていた。

検閲済みプロット

真夏の深夜、大学の研究室でエアコンが壊れ、実験機器の熱も重なって室内はひどい暑さになる。教授の主人公は窓を開けたり、冷凍庫の保冷剤を首に当てたりして耐えるが、『暑い』と口にするたび、首筋に冷たい息がかかったり、モニターに勝手に『設定温度18℃』の文字が浮かんだりする。やがて、誰もいないはずの薬品保管庫から冷気が漏れ、白衣の人影が現れる。研究室に伝わる雪女だと怯える主人公。しかしその正体は、修理費を出し渋る教授を懲らしめるため、涼しい保管庫に隠れて怪奇現象を演出していた女子学生だった。二人は思わぬ共闘と距離の近さをきっかけに、奇妙な夜を共有する。最後に壊れたエアコンが突然動き出し、表示温度は『−30℃』。女子学生は青ざめて『……今のリモコン、誰も押してないですよね?』とつぶやく。

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