ホームへ降りる扉の前に立った直樹は、最後にもう一度だけ振り返った。莉桜は座席に浅く腰を下ろしたまま、まだ固い表情をしている。だが、車内の向こう側から近づいてきた声を聞いた途端、その顔つきがわずかに変わった。 「佐伯、こんなところで会うとは思わなかった」 直樹の顔が上がる。改札側から現れた男は、会社の飲み会で何度か言葉を交わしたことのある知人だった。名刺を渡し合うほど親しいわけではないが、互いの顔は覚えている。男は直樹を見るなり目を丸くし、次いで莉桜に気づいて足を止めた。 「この子を探してたんだ。迎えに来るよう頼まれていて」 その言葉に、莉桜の肩から力が抜けた。もう片方の通路から現れた駅員が、困ったように説明を添える。どうやら、莉桜の周囲で行き違いがあり、別々に探していたはずの人間が同じ場所に集まってしまったらしい。直樹はそこで初めて、彼女が見せていた過剰なまでの挑発が、誰かを遠ざけるためだけではなく、余計な混線を避けるための不器用な工夫でもあったのだと悟った。 莉桜はしばらく黙っていたが、やがて座席から立ち上がる。さっきまでの張りつめた笑みはもうない。代わりに、年相応の戸惑いと、少しだけほどけた安堵がそこにあった。 「……佐伯さん」 その声は、最初に聞いたからかい交じりの調子とはまるで違った。彼女はまっすぐ直樹を見て、頭を下げる。 「助かった。ありがとう。ああいうふうに見えたの、全部ただの強がりだったんだ」 直樹は何か返そうとして、結局小さく首を振った。 「無事なら、それでいい」 莉桜はその一言に、ほんの少しだけ笑った。けれど今度の笑いは、仮面ではなかった。人に見せるためではなく、自分が自分でいられることを確かめるみたいな、静かな表情だった。 「私、ひとりでいるの、平気なふりばっかり上手くなってたみたい」 直樹は答えず、ただ聞いていた。彼女の隣に立つ知人も、駅員も、もう余計なことは言わない。終電の車内に残っていた張りつめた空気が、ゆっくりほどけていく。 やがて三人は改札へ向かう流れに乗り、直樹と莉桜は出口の手前で並んだ。外へ出れば、それぞれの帰る方向は違う。だからこそ、ここで交わす言葉は少ないほうがいいと、どちらも分かっていた。 夜風がドアの隙間から差し込み、莉桜の髪をかすかに揺らす。彼女は一度だけ直樹を見て、今度はまっすぐに会釈した。 そして二人は、駅の出口で別々の方向へ歩き出した。背中が離れていくほど、さっきまでの会話が不思議な温度を持って蘇る。挑発に見えた言葉は、孤独を隠すための不器用な助け舟だったのだと、直樹は遅れて理解した。 改札の向こうに残るのは、もう騒がしさではなく、夜だけが持つ淡い余韻だった。
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終電に乗ると車両には女子高生と2人きり。目の前に座っていた若い女性が突然態度を変え、こちらを試すような挑発的な言動を見せる。駅から出る時点で物語は締めくくる、緊張感のある大人向けコメディ。
