深夜零時を回った終電の車内、冷房の効きすぎた空気が肌にまとわりつく。祐樹は座席に深く沈み込み、疲れ切った体を預けていた。連日の残業で思考は霞み、窓の外を流れる夜景もただの光の帯にしか見えない。車内に乗っているのは自分だけだと思っていた。だからこそ、向かいの座席に座る人物の存在に気づいた時、祐樹は思わず瞬きを繰り返した。女子校生風の制服を身に纏った女性。いや、よく見ればその落ち着いた物腰や、わずかに漂う香水の香りからして、学生ではない。二十代後半、あるいはそれ以上だろうか。しかし、そのブレザーを着こなす姿はあまりにも自然で、襟元から覗く白いブラウスが清純さを際立たせている。 「あ、ごめんなさい。驚かせちゃった?」 女性がくすりと笑う。その声は鈴を転がしたように澄んでいて、祐樹の曇った意識を一瞬で拭い去った。 「いえ、ただ……誰もいないと思っていました」 「この時間ですものね。でも、便利だと思わない? 誰にも邪魔されない空間」 彼女は名乗らなかった。ただ、桜とだけ呼んでほしいと言った。その名前にふさわしいほど、頬を染めたような淡い色気を漂わせている。会話はそこで途切れた。祐樹は視線を逸らし、携帯を取り出して時間を確認する。まだ終点まで三十分以上ある。ふと、視線を感じて顔を上げた。桜がじっとこちらを見ていた。真っ直な瞳には、奇妙な光が宿っている。 「ねえ、気づいてる?」 彼女が小さく首を傾げる。 「何にですか」 「私、今どんな格好をしてると思う?」 意味がわからず、祐樹は首を振った。すると桜はゆっくりと、わざとらしく足を組み替えた。プリーツスカートの裾がふわりと舞い、その隙間から覗く白い太腿が露わになる。祐樹は息を呑んだ。見えてはいけないものが見えた気がしたからだ。 「気のせい……ですよね?」 「確かめてみれば?」 挑発的な笑みが、彼女の唇に浮かぶ。祐樹の心臓が早鐘を打ち始めた。
終電車内の挑発
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