クリスマスイブの夜は、アパートの廊下まで甘いケーキの匂いが漂っていた。高瀬悠真は湯気の薄いマグカップを片手に、いつものようにスマホの画面を眺めていたが、画面の明るさよりも外の寒さのほうがやけに気になっていた。 そんな静けさを破るように、控えめなドアベルが鳴った。 宅配の予定はなかったはずだ、と悠真は立ち上がる。玄関を開けると、廊下の黄ばんだ灯りの下に、赤と白のサンタ風コスチュームを着た女性が立っていた。フードの縁には白い綿が揺れ、頬は冷えた空気で少し赤い。派手な衣装なのに、その表情は妙に頼りなく見えた。 「あの、すみません。ここに、以前住んでいた方を探していて」 声ははっきりしているのに、言葉の端が少しだけ揺れていた。悠真は知らない相手に身構えたまま、相手の名を聞く。女性は美音と名乗り、手にしていた小さな紙片を見せた。そこには古い住所だけが残っていて、彼女はそれを頼りに来たのだという。 だが、部屋番を確かめるうちに、すぐに行き違いだと分かった。彼女が探していたのは、もうここにはいない元の住人だった。転居のことを知らされないまま、たどり着く先を失ってしまったらしい。 美音は唇を噛み、目を伏せた。ここまで来れば会えると思っていたのに、と小さくこぼす。その一言が、冬の空気より冷たく聞こえた。 悠真は玄関に立ったまま、返す言葉を探した。見知らぬ女性を部屋へ入れるべきではない、と頭の中では分かっている。それでも、サンタの格好のまま立ち尽くす彼女を、このまま廊下に置いていくこともできなかった。 美音はもう一度だけ礼を言い、肩をすくめるようにして帰ろうとした。だが、靴音が遠のくより先に、悠真は思わず呼び止めていた。彼女が振り向いたその顔は、寒さのせいか、それとも別の理由か、ひどく寂しそうだった。 夜はまだ長い。窓の外では、楽しげな笑い声と車の走る音が途切れず続いていた。そんな賑わいから切り離されたように、二人の間だけが不思議なくらい静かだった。悠真は玄関の灯りの下で、美音の持つ紙片を見つめ、途方に暮れたまま次の言葉を探し続けた。
聖夜の訪問者
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