朝の光がカーテンの隙間から差し込むたび、心菜は胸の奥がそわそわした。今日は二時間目にプールがある。制服の下には、あらかじめ水着を着ている。荷物を増やしたくなくて、できるだけ手際よく出かけるつもりだったのに、玄関を出る直前になって鞄の中身まで確認してしまった。 登校中の道は、まだ少しひんやりしていた。心菜は鞄を抱え、誰かに水着のことを気づかれないように背筋を伸ばす。校門をくぐれば、いつもと同じ朝のはずなのに、今日は自分だけが秘密をひとつ抱えている気がした。教室に入ると、桜奈が窓際で手を振ってきた。心菜は平気そうな顔で返したつもりだったが、声が少し上ずった。 一時間目は何とかやり過ごした。板書を写し、先生の問いかけにうなずき、周りと同じように机に向かう。その間も、心菜の意識はずっと次の時間のことに引っ張られていた。プールに入れば、あとは着替えて午後の授業に戻るだけ。そう思っていたのに、授業が終わって更衣室で着替えようとした瞬間、鞄の中を探った指先がふっと止まった。 着替え用の下着が、ない。 心菜はもう一度、財布の下も、タオルの間も、体操服の袋の隅まで探した。けれど、見慣れた布はどこにもなかった。さっきまでの冷たい水の感触が、一気に遠のく。頭が真っ白になり、次に来たのは遅れて押し寄せる熱だった。忘れた。家に置いてきたのか、入れたつもりで別の棚に置いたのか、それすら曖昧だった。 誰かに知られたら、きっと余計に恥ずかしい。心菜はロッカーの前で息を整え、濡れた髪先を見下ろしたまま小さく拳を握った。今日は何としても、誰にも気づかれずに一日を終えるしかない。そう決めると、残りの授業が急に長い壁のように思えた。どうやって座ればいいのか。休み時間をどう過ごせばいいのか。次の時間のチャイムが鳴る前に、心菜はただ、静かに空を見上げた。
忘れ物より大事な約束
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