次の休み時間、心菜は席に着いたまま、できるだけ何でもない顔を作っていた。鞄は膝の上に抱えたまま開けず、机の上には教科書だけを並べる。さっき更衣室で見せた動揺を引きずっていると思われたくなくて、鉛筆を持つ手にも力を入れた。 けれど、平静を装おうとすればするほど、動きは不自然になった。鞄の中身を確かめるつもりで蓋を少しだけ開けた拍子に、結んだ紐が指に絡む。慌てて直したその手つきが、隣の席の桜奈の視線を引いた。桜奈は机に頬杖をついたまま、じっと心菜を見てくる。 「心菜、さっきから落ち着かないけど、どうしたの」 「え、別に。ちょっと考えごと」 答えはしたのに、声が妙に乾いていた。心菜は笑おうとして、うまく口角を上げられない。桜奈は納得していない顔のまま、今度は心菜の膝元に落ちた視線を一瞬だけ移した。その一瞬が、心菜にはやけに長く感じられた。 「考えごとにしては、鞄の見方が変だったよ」 心菜の背中に、じわりと汗がにじむ。ほんの少し確認しただけなのに、それが目立っていたのだろうか。心菜は鞄の口を急いで閉じ、膝の上で指を組んだ。何でもない、何でもないと心の中で繰り返すほど、余計に不自然になっていく。 教室の前の方では、男子が次の授業の準備をしながら笑っている。黒板消しの音と椅子のきしみが重なって、いつもの休み時間のはずなのに、心菜の耳にはどれも遠かった。桜奈だけが、近い。近いからこそ、ごまかしきれない。 「ほんとに大丈夫?」 心菜はうなずいた。うなずくしかなかった。けれど、その小さな動作さえ、桜奈には引っかかったらしい。親友の表情が少しだけ真剣になる。 「無理してない? なんか、隠してるみたいに見える」 その言葉に、心菜は一瞬、息を止めた。隠しているのは事実だ。でも、ここで顔に出してしまえば終わる。心菜は窓の外へ視線を逃がし、差し込む光を見つめた。カーテンが風に揺れ、白い影が机の上を横切る。たったそれだけのことが、やけに心細い。 「ほんとに平気だよ」 そう言い切った声は、さっきよりも少しだけ強かった。桜奈はまだ腑に落ちない顔をしていたが、それ以上は追及してこない。代わりに小さく肩をすくめると、心菜の机に置かれた教科書を軽く指で叩いた。 「ならいいけど。変な顔してるから、あとでちゃんと話してよ」 心菜は返事をしながら、胸の奥でひやりとしたものを抱えたまま、次のチャイムを待った。
忘れ物より大事な約束
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