屋敷の奥へ行くたび、遥奈は自分の足音がやけに薄く響くのを知っていた。人が減った邸内は広すぎて、立派だった天井や手すりだけが昔の名残を誇っている。けれど今日は、その静けさの底に、別の気配があった。 使用されていない階段を下り、埃をかぶった扉を押し開けると、ひんやりした空気が頬を撫でた。地下の隅、古い棚の陰に置かれた小瓶が、わずかに鈍く光っている。遥奈は近づき、指先でそれを持ち上げた。透明な液の中で、掌に収まるほどの小さな軟体の生き物が、ゆっくりと身をくねらせた。 息を呑んだ。ぬめるようでいて不思議と不快ではなく、丸い影のようなその姿は、弱々しいのに目を離せない。小瓶の口には古い封があり、誰かが長く隠していたのだと分かる。だが誰が、なぜ、ここに。問いは胸の奥でほどけず、ただ生き物だけが、指先の熱に反応するように小さく震えた。 このままにしてはおけない、と遥奈は思った。屋敷の誰かに見つかれば、また余計な口を挟まれる。彼女は小瓶を外套の内に包み込み、見張りに気づかれぬよう静かに階段を上がった。廊下を渡る間、心臓の音が妙に大きい。罪を抱えるような重さと、拾ってしまったという密かな高揚が、胸の内で同じ温度をしていた。 自室に戻ると、遥奈は戸を閉め、ようやく息をついた。机の上へ小瓶を置き、灯りを近づける。中の生き物はしばらく縮こまっていたが、彼女が恐る恐る声を落とすと、わずかに身を伸ばした。食べ物を差し出しても反応は鈍い。けれど指先で瓶をとんと鳴らし、やさしく話しかけると、透明な体がかすかにほどけるのが分かった。 遥奈はそれを見つめ、なぜか胸が熱くなった。誰にも必要とされないはずの自分の声が、こんな小さな命には届くのかもしれない。秘密は重い。けれど今夜だけは、その重ささえ、抱えていける気がした。
地下のトモダチ
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