地下倉庫の冷たい空気が、花梨の肌を刺すように迫ってくる。錆びついた鉄の扉を押し開けると、カビと埃の混じった古びた匂いが鼻腔を満たした。 「もう何も残っていないのかしら……」 花梨は落胆のため息をつきながら、薄暗い倉庫の中へと足を踏み入れる。かつて栄華を極めた貴族の家も、今や借金に追われ、使用人の多くも去っていった。残されたのは、荒れ果てた屋敷と、両親の空虚な虚栄心だけ。 「お父様もお母様も、どうしてこうなってしまったの……私に何ができるというの?」 膝が折れそうになる心を奮い立たせ、花梨は埃まみれの棚の奥へと進む。何か売れるものがあれば、少しでも家の足しになるかもしれない。そう思って、彼女は毎晩のように屋敷を巡っていたのだ。その時、棚の最下段の陰に、微かな輝きを見つけた。 「何かしら……?」 震える手を伸ばし、慎重に引き出す。それは掌に収まるほどの古びた小瓶だった。閉じ込められていたのは、青く輝く液体――いや、液体ではない。 「動いている……?」 目を凝らせば、それは小さな生物だった。蠢く青い触手が、ガラスの壁の中でゆらゆらと揺らめいている。不思議と魅入られるような、美しい青色。 「きれい……」 花梨は小瓶を持ち上げ、目の高さで眺めた。中の生物が、まるで彼女に反応するように触手を細かく震わせる。その愛らしさに、胸の奥が熱くなった。 「あなた、何なの? 生きているのね」 問いかけても、答えは返ってこない。けれど、不思議と心が惹かれる。この荒廃した屋敷で、ただ一つ輝く命。花梨は瞳を奪われていた。 「誰にも見つからないように、こっそり連れて行ってあげる」 両親に見つかれば、金になるとして売り払われるかもしれない。そう思うと、この小さな生物を手放す気になれなかった。ここに置いておけば、誰かが見つけるかもしれない。花梨は小瓶を胸に抱きしめ、そっと地下倉庫を後にする。心臓が早鐘を打つ。誰かに見つかってはいけない。 「大丈夫、私の部屋なら安全よ」 廊下の隅に使用人の姿がないことを確認し、花梨は急いで自室へと向かう。小瓶の中の生物が、嬉しそうに触手を揺らめた気がした。 「私の部屋で、一緒に暮らしましょうね」 誰にも邪魔されない、彼女だけの秘密。小さな触手生物が、花梨の運命を大きく変えることになるとは、まだ誰も知る由もなかった。
地下のトモダチ
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