インターホンが鳴ったとき、優馬は食べ終えた弁当の空き容器を、机の端へ寄せたばかりだった。残業続きで散らかった部屋は、床に積んだ書類と脱ぎ捨てた上着のせいで、ひどく狭く見える。玄関の向こうに立っていた菜緒は、案内メールにあった家事代行の名札を胸元に揺らしながら、少しだけ姿勢を正した。 「本日からお世話になります」 声は明るいのに、足元は落ち着かない。彼女は玄関マットを見てから、なぜかその向きを半歩ぶん直そうとして、やめた。表に裏、裏に表と、視線だけが行き来している。優馬は頼もしさを期待していた分、胸の奥に薄い不安を覚えたが、とにかく中へ通した。 「まず、何から始めますか」 菜緒はバッグを抱え直し、真剣な顔でうなずいた。だが次の瞬間、チャックの隙間から細い紙束がするりと滑り落ちる。床に散ったのは業務メモらしかった。彼女は慌てて拾い集めようとして、さらに一枚を足元へ落とし、耳まで赤くして笑った。 「すみません、今日は気合いが先に来てしまって」 優馬は返す言葉を探しながら、散らかった部屋を見回した。ここを任せる以上、まずは整頓が必要だ。経験豊富な人を期待していたのに、この様子では先が思いやられる。それでも、見知らぬ相手に最初から肩を落としていては始まらない。 「じゃあ、部屋の片付けを頼みます。書類は机の上、服は椅子の上に置かないで、まとめてください」 「承知しました。まとめるのは得意です」 即答だけは妙に力強かった。菜緒はメモを抱え直し、今度は落とさないよう両手で支える。ところが歩き出した拍子に、また一枚だけひらりと床へ舞った。彼女はそれを見て、今度は少しだけ照れたように肩をすくめる。 「完璧ではないですが、まずは見た目から整えます」 優馬はため息を飲み込み、作業の邪魔にならないよう壁際へ下がった。窓の外では、都心の灯りがじわじわと増えていく。部屋の乱れも、この不器用な来訪者も、今夜はまだ正体をつかめそうにない。だが少なくとも、彼女は逃げずにこの散らかった空間へ入ってきた。 菜緒がようやく棚の前で立ち止まり、どこから手をつけるべきかを見極めようと目を細める。その横顔を見ながら、優馬は静かに言った。 「とりあえず、そこからお願いします」
背伸び家事代行
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