エラベノベル堂

背伸び家事代行

全年齢

小説ID: cmp17mnwt01zm01l1k4f06wbx

2章 / 全10

背伸び家事代行 の小説画像

菜緒が棚の前で手を止めたまま、優馬はリビングの隅から様子を見ていた。段ボールの脇に積まれた掃除道具の中で、コードの巻かれた機械を彼女が見つけるまで、そう時間はかからなかった。けれど次の瞬間、彼女はそれを少し得意げに持ち上げて、壁際へ向かう。動きは迷いなく見えたのに、コンセントを探す目だけが頼りなさを隠せない。 「掃除機、使いますね」 返事を待たずに電源を入れようとして、菜緒はしばらく沈黙した。機械はうんともすんとも言わない。彼女は首を傾げ、持ち手を握り直し、もう一度スイッチを押した。それでも反応がない。 優馬は嫌な予感を覚えたまま、近づいて確認した。差し込み口に伸びるコードが、そもそもつながっていない。 「……電源、入ってません」 菜緒はぱっと目を見開いたあと、あ、と短く声を漏らした。笑ってごまかすには少し間が悪い失敗だったが、彼女は気にした様子もなく、今度は台所のほうへ足を向けた。 狭いキッチンでは、鍋から立つ湯気がやけに白く見えた。菜緒は火加減を見ているつもりだったらしいが、コンロのつまみは思っていたよりも強く回されていた。煮立つ音が急に大きくなり、鍋の縁がかすかに震える。優馬が思わず鍋を見たときには、菜緒が慌てて火を弱めようとして、さらに手元をばたつかせていた。 「ちょっと熱いですね」 「熱いどころじゃないです」 優馬はため息をついた。小さな騒ぎというには少し落ち着かなかったが、台所に広がる湯気の向こうで、菜緒はなぜかあまり落ち込んでいない。火を弱め終えると、彼女は鍋の前で背筋を伸ばし、こちらに向き直った。 「家事は少し苦手です」 言い切ったあと、悪びれた色の薄い笑みを浮かべる。その笑い方が妙に明るくて、怒るより先に拍子抜けした。 「苦手って、かなり大事な情報ですよ」 「でも、場を暗くするのは得意じゃありません」 菜緒はそう言って、流し台の上の水滴を指で払った。失敗を隠すふうでもなく、かといって深刻になりすぎるわけでもない。むしろ彼女が少し笑うだけで、狭いキッチンの空気が妙に軽くなるのが腹立たしかった。優馬は鍋を見直しながら、結局もう一度小さく息を吐く。 この子は本当に大丈夫なのか。そんな疑問が、湯気のように消えずに残った。

2章 / 全10

TOPへ