エラベノベル堂

異世界受付と開かずの金庫

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1章 / 全10

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その日、撮影現場の空気は妙に軽かった。照明の熱と、スタッフたちの乾いた笑いが交じり合って、私は自分がまた何かを引き当てる予感だけを抱いていた。くじ運の悪さには定評がある。いや、定評があるというより、もはや芸の一部だった。罰ゲーム企画の箱が回ってきたとき、私は半ば諦めて笑顔を作った。指先で引いた紙には、いちばん厄介そうな文字が並んでいた。開かずの金庫を開ける役。周囲がどっと沸く。私は苦笑いのまま、なんで私なんだろうと心の中でだけつぶやいた。 金庫はセットの隅に置かれていた。古びた演出のせいで、本当に頑固な扉に見える。私はわざと大げさに肩を落とし、カメラに向けてため息をついた。求められるのは失敗ではなく、見栄えのする悪戦苦闘だ。鍵穴を覗き込み、指先で表面をなぞる。重たい沈黙が少しずつ場を飲み込み、私は芝居で身を乗り出した。その瞬間、視界の端が暗くなった。汗の熱、照明の白さ、誰かの声が遠のいていく。最後に思ったのは、今日は当たりが悪すぎる、というどうでもいい感想だった。 次に目を開けたとき、見知らぬ木の匂いがした。白く塗られた壁でも、撮影用の布でもない。高い天井の下に、革と金属の気配が混じっている。私は床ではなく椅子に座らされていて、目の前には木製のカウンターがあった。受付らしい机の向こうで、人々が忙しく行き交っている。だが彼らの言葉は、音として耳に入るのに意味だけがすり抜けた。胸の奥がひやりとする。 すると、眼前に一枚の札が差し出された。厚紙のようでいて妙に重く、端に細かな文様が刻まれている。手渡してきた相手の表情は読み取りにくいが、なぜか事務的だった。私は反射で受け取り、指で縁をなぞる。そこには、この世界の文字らしきものと、見慣れない印が重なっていた。理解できないはずなのに、ひとつだけやけに鮮明に伝わる項目がある。話術。しかも、それが極端に高い。あり得ない数字が、私の過去の努力を全部ひっくり返すみたいに並んでいた。 私は札を見つめたまま、乾いた笑いを漏らした。開かずの金庫を開ける役だったはずが、今度は話すことだけが得意な冒険者だなんて。さっきまでのセットよりずっと現実味のない場所で、私はまだ名前も知らない受付の前に立たされている。だが、なぜか次に何を言えばいいのかだけは、喉の奥で小さく形を持ち始めていた。

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