「帰りの車、思ったより静かだな」 亮が窓の外を見ながら言うと、後部座席の結衣がくすっと笑った。 「さっきまであんなに騒いでたのにね」 「騒いでた、っていうか、あれはもう事件だろ」 翔太がハンドルを握ったまま肩をすくめる。山道を抜ける車内には、宿の朝の匂いがまだ少し残っていた。あの薄明るいロビーを出てから、誰も急に黙りこむでもなく、かといって大声を出すでもない。妙に心地いい沈黙が、車の揺れに合わせて流れている。 奈緒は助手席でシートベルトを指でなぞりながら、にやりとした。 「でも、今思い出しても笑えるよね。あの暗さで亮があんなに真剣に寄っていくなんて」 「言うなよ……」 亮が頭を抱えると、結衣がすぐ横から肩を寄せた。 「でも、本当に怒る感じじゃなかったし。なんか、みんな同じくらい寝ぼけてたし」 「それが救いだったな」 翔太が小さく笑う。 「一人だけが悪いって話だったら、帰り道もっと重かった」 「でしょ」 奈緒が頷く。 「だから、あれはもう旅のハプニングでいいじゃん」 「いや、いいけどさ」 亮は苦笑した。 「でも、次に来るときは本当に気をつける。飲み方も、寝る前の確認も」 「それは全会一致だね」 結衣が即答する。 「寝る前に部屋を確認する。布団の位置も、隣が誰かも」 「そこまで言うと、逆にもう忘れられないんだけど」 翔太の一言に、車内の空気がふっとほどけた。奈緒が吹き出し、結衣もつられて笑う。亮は窓ガラスに映る自分の顔を見て、昨夜の赤さを思い出し、また少しだけ居たたまれなくなる。 「でもさ」 奈緒が少しだけ声を落とした。 「あれで、なんか前より気楽になった気がしない?」 「わかる」 結衣がすぐに言った。 「恥ずかしかったけど、変に取り繕わなくてよくなった感じ」 翔太も前を見たまま、短くうなずく。 「たしかに。もう今さら、これ以上気まずくなることもないだろ」 「それはどうかな」 亮がわざとらしく言うと、結衣が軽く肘でつついた。 「あるとしたら、また亮が変なことする時だけだよ」 「ひどくない?」 「でも、嫌じゃないでしょ」 その言葉に、亮は返せなかった。代わりに、苦笑いがこぼれる。 山の景色は次第に遠ざかり、昨日までの出来事だけが妙に鮮やかに残る。恥ずかしいのに、思い出すと笑ってしまう。そんな旅の失敗が、四人の間に薄くあたたかい輪を作っていた。 「じゃあ決まりだな」 翔太が穏やかに言う。 「次は飲みすぎない。寝る前にちゃんと確認する」 「うん」 「了解」 「はいはい」 返事が重なるたび、車は静かに走り続ける。亮は窓の外に視線を戻し、ふと口元をゆるめた。 面倒で、くだらなくて、でも少しだけ大切な思い出になった。そう思えるくらいには、もう四人の距離は近くなっていた。
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仲良しの二組のカップルが温泉旅行に出かける。全員が酔って眠ってしまった夜、ひとりが目を覚ますと、暗がりの中で正体のわからないいたずらに巻き込まれる。相手を取り違えたまま気まずい騒動が起きるが、最終的には誤解と勘違いがほどけ、四人の関係が少しだけ深まるコメディにする。
