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山奥で見た素顔

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2章 / 全10

山道の先に古びた木造建築が現れた。 「山吹旅館」 と書かれた提灯が、闇の中に微かな光を放っている。将人は思わず安堵の息を漏らした。 「着きましたね」 華蓮が隣で呟く。その声には同じような安堵が混じっていた。 「ええ、やっとです」 二人は連れ立って玄関をくぐった。廊下の古い板が軋む音が響く。フロントには白髪の女将が静かに座っていた。表情を変えぬまま、深く頭を下げる。 「いらっしゃいませ。お二人様でしょうか?」 「いえ、別々です。たまたま一緒に来ただけで」 将人が答えると、女将は小さく頷いた。 「かしこまりました。お名前をどうぞ」 チェックインの手続きは滞りなく進んだ。将人は財布からカードを出し、予約していた部屋の鍵を受け取る。華蓮も同様に手続きを済ませていた。 「おや、今夜はお二人様だけになりますよ」 女将が告げる。 「え? 他に客はいないんですか?」 「はい。平日ですからね。季節外れの時期でもありますし。静かでよろしいですよ」 将人は周囲を見渡した。確かに広いロビーには誰もいない。古びた柱や掛け軸が、静寂の時を刻んでいるようだった。人気がないことが逆に、非日常への入り口を開けたような気がした。 「部屋は二階になります。お風呂は一階の突き当たり。夕食は六時半にお部屋にお持ちしますから」 「ありがとうございます」 将人は鍵をポケットにしまい、階段へと向かった。その時、背後から華蓮の声が聞こえた。 「将人さん」 振り返ると、彼女が控えめに立っていた。照明の淡い光が、その白い肌を柔らかく照らしている。 「今日は……ありがとうございました。一人だったら、まだ山道を彷徨っていたかもしれません」 「いえ、俺も助かりました。誰かと話していると、疲れも忘れられますから」 華蓮はふっと微笑んだ。その笑顔が、将人の胸を少しだけくすぐった。 「明日、またお会いできると嬉しいです」 「ええ、もちろん」 彼女は小さく頭を下げ、自身の部屋へと歩き出した。将人はその華奢な背中が廊下の薄暗がりに消えていくのを見送った。予期せぬ旅の連れ。疲れ切った心に、微かな期待が芽生えているのを感じた。 「ふぅ……」 ため息交じりに、将人は階段を上り始めた。

2章 / 全10

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