エラベノベル堂

ラストワン

全年齢

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10章 / 全10

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春菜が目を覚ましたのは、窓の白みがようやく部屋の輪郭をはっきりさせ始めたころだった。昨夜の毛布のぬくもりはまだ肩に残っているのに、リビングの空気はすっかり朝の顔をしている。テーブルの向こうでは、健人が欠伸を噛み殺しながらマグを持っていた。 「……起きてたんですか」 「今起きた。そっちこそ」 「私は、たまたまです」 「たまたま朝まで起きてた顔には見えないけど」 春菜はむっとしたが、すぐに昨夜のやり取りを思い出してしまい、視線を逸らした。 「……その言い方、少しは丸くなりましたね」 「お前もな。前なら、もっと睨んでただろ」 言われて、春菜は小さく息を吐いた。確かにそうだ。冷蔵庫も洗濯機も電子レンジも、全部、相手を追い払うために尖っていた。でも今は、そういう角をそのまま抱えたまま笑える気がする。 健人がマグを置いて、昨夜の毛布を畳み直す。 「で、ルールの話だろ」 「ええ」 春菜は頷いた。メモ帳を開き、昨夜までのぎちぎちした取り決めを眺める。書かれている文字は同じでも、もう息苦しさだけではない。 「時間を固定しすぎるの、やめませんか」 「たとえば?」 「使う前に一言伝える。それで十分です」 「ずいぶん柔らかいな」 「柔らかくしないと、続きません」 健人は一拍置いてから笑った。 「それなら、俺も。細かく決めるより、困ったらその場で言う、でいいか」 春菜は少し驚いて顔を上げた。 「……いいんですか」 「いいも何も、昨夜みたいに寒い思いするよりマシだろ」 その返しに、春菜は思わず吹き出した。健人もつられたように肩を揺らす。 「何ですか、その顔」 「いや。お前が笑うと、部屋の空気が変わるなと思って」 「褒めてませんね」 「褒めてる」 即答されて、春菜はまた笑ってしまう。昨夜までの口論を思えば信じられないくらい、言葉が軽い。 「じゃあ、ここは残しましょう」 春菜はメモ帳の真ん中に引かれた線を指した。 「壁はそのまま。でも、壁の向こう側まで敵扱いしない」 健人はその線を見て、少しだけ口元を緩めた。 「相棒、ってやつか」 「……そうですね」 春菜は、照れを隠すようにペン先を回す。 「変な言い方ですけど、前よりずっとしっくりきます」 「俺も」 短い返事だったのに、妙に胸に残った。相手を倒したいと思っていた初対面の日から、ここまで来るなんて誰が想像しただろう。けれど今は、負けた気分は少しもない。ただ、同じ屋根の下で呼吸することが、少しだけ自然になっただけだ。 健人がテーブル越しに手を伸ばし、春菜のメモ帳を軽く叩く。 「じゃ、今日からそのルールで」 「ええ。破ったら、その場で言います」 「怖っ」 「怖がってください」 言いながら、春菜は笑った。健人も笑う。壁は越えない。けれど、壁のこちら側で互いを敵ではなく、面倒で、少し頼れる相棒として受け入れることはできる。 朝の光がリビングに満ちていく。春菜はメモ帳を閉じ、健人と同じテーブルの端にそっと置いた。今日もきっと、些細なことで口はぶつかるだろう。それでも、続けていける気がした。

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物件探しの最終候補で競り合った春菜と健人は、抽選の結果、同じ部屋を半分ずつに分けて暮らすことになる。ルールは『壁を越えない』『共有スペースでは静かにする』。だが二人は相性が悪く、冷蔵庫や洗濯機の使い方、深夜の電子レンジの音などを巡って何度も衝突する。やがて建物の老朽化で暖房が止まり、共用部のソファで毛布を分け合う夜が訪れる。寒さと苛立ちの中で、二人は初めて本音をぶつけ合い、喧嘩ばかりしていた相手への意外な気遣いと、知らないうちに育っていた依存に気づいていく。敵対から理解へ変わる転機を、戸惑いと引力が交錯するコメディタッチの人間ドラマとして描く。

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