エラベノベル堂

ラストワン

18+ NSFW

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2章 / 全10

深夜二時を回っていた。春菜はベッドに横たわっているものの、眠れなかった。壁一枚隔てた向こう側から、健人の生活音が漏れてくるのだ。ガサゴソと何かを探る音、衣擦れの音、そして時折聞こえるため息。静寂の中では、どんな小さな音も嫌でも耳に入ってくる。 「……うるさい」 春菜は枕に顔を埋め、耳を塞いでみた。だが、音は枕の隙間から忍び込んでくる。壁が薄すぎるのだ。このシェアハウスの築年数と家賃の安さが、今になって悔やまれた。向こう側で健人が何かを呟くのが聞こえた。電話をしているのか、独り言なのか。どちらにせよ、深夜に人の迷惑を考えないその神経が理解できない。 「ちょっと」 壁に向かって声をかけるが、反応はない。春菜は苛立ちを募らせながら、天井を睨みつけた。一方、健人もまた同様の不満を抱えていた。春菜の部屋から聞こえる話し声。どうやら友人と電話をしているらしい。内容までは聞き取れないが、時折高くなる笑い声が、夜の静寂を切り裂いていく。 「マジかよ……」 健人はスマホの画面で時間を確認し、ため息をついた。明日も早いというのに。相手は自分の都合しか考えていないらしい。春菜の声がまた少し大きくなる。 「え、嘘でしょ? そういうのってさあ――」 会話が続く。健人の忍耐が限界に達した。 「おい!」 壁を拳でドンと叩く。一瞬、向こう側が静かになった。だが、すぐに同様な音が返ってきた。春菜も壁を叩き返したのだ。 「何よ、深夜に騒々しいのはそっちでしょ!」 「俺か? お前こそ何時だと思ってんだよ!」 「電話くらいいいじゃない、あなたの物音のほうがうるさいわよ!」 「物音って何だよ!」 「ガサゴサうるさいのよ! ずっと寝てたのに起きちゃったじゃない!」 「寝てたなら電話なんかしてねーよ!」 「あなたが起きてたから私も起きたの!」 「逆だろ! お前が喋ってたから俺が起きたんだよ!」 言い争いがヒートアップする。壁を挟んで、二人はそれぞれのベッドから相手を睨みつけていた。 「人のことなんて気にしたこともないんでしょ!」 「お前に言われたくねーよ! 深夜に電話とか常識ないのか?」 「友人との会話くらい自由でしょ! あなたの生活音のほうがよっぽど迷惑なのよ!」 「だったら出てけば?」 「あなたが出ていけばいいわよ! ここは私の部屋でもあるんだから!」 壁が、二人の怒鳴り声で微かに振動しているような気がした。春菜は拳を握りしめたまま、冷たい壁を見つめる。この壁の向こうに、自分の神経を逆撫でする男がいる。薄い壁一枚が、互いのプライバシーを守るどころか、不満を増幅させる媒体になっている。春菜は深く息を吐き、もう一度壁をドンと叩いた。 「明日話すわよ。境界線の件も含めて」 「勝手にしろ」 ぶっきらぼうな返事が返ってきた。春菜は布団を頭までかぶり、苛立ちを抱えたまま目を閉じる。壁の向こうで、健人も同じように不機嫌なままで眠りにつこうとしていた。薄い壁が、二人の間に横たわる見えない境界線となって、冷たく佇んでいる。

2章 / 全10

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