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ラストワン

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3章 / 全10

翌朝、春菜は眠い目をこすりながら共用キッチンへ向かった。昨夜の言い争いのせいで寝付きが悪く、微妙な頭痛がこめかみを締め付ける。冷蔵庫を開けると、その光景に思わず言葉を失った。 「……何これ」 狭い冷蔵庫の中は、見知らぬ瓶やパックで埋め尽くされていた。健人の買ったビールが三本、無造作に横たわっている。その隙間に、春菜の化粧品が押し込められているのだ。 「ちょっと! 誰が私のスキンケアをこんな風に放り込んだわけ!?」 背後で冷蔵庫の扉が開く音がした。振り返ると、健人があくびを噛み殺しながら立っている。 「うるせえな。朝から」 「うるさいのはそっちでしょ! 私の化粧品がビールに押しつぶされそうなんだけど!」 「押しつぶされてねえだろ。普通に入ってるじゃねえか」 「普通って何! これ、冷蔵庫に入れるものじゃないし!」 「だったらどこに置けばいいんだよ。場所ねえだろ」 春菜は舌打ちをし、自分の保管スペースとやらを探した。作り置きのパスタソースが入っているはずの容器が、健人の買った惣菜パックと密着している。 「これも何? 私の料理があなたの食べ物とくっついてるんだけど」 「くっついてねえよ。隣に置いてるだけだろ」 「隣って! 匂い移るでしょ!」 「パスタソースの匂いのほうがきついわ」 「何ですって!?」 二人の声がキッチンに響き渡る。春菜は健人のビールを指さした。 「とにかく、これを出して。私のスペースを返してよ」 「はあ? 俺が先に買ったんだから俺のスペースだろ」 「私が先に住み始めたの! 優先権あるでしょ!」 「関係ねえよ。シェアハウスのルールじゃ先着順だ」 「そんなルール聞いてない!」 「お前が勝手に決めたルールなんか知るかよ」 健人がビールを一本取り出し、プシュッと開ける。朝からビールを飲む神経が信じられない。 「ていうか朝からビール? どうなの」 「成人だからいいだろ。お前には関係ない」 「関係あるわよ! 同じ冷蔵庫を使ってるんだから!」 「じゃあ自分専用買えよ。高いぞ」 「あなたが買えばいいでしょ!」 「金ねえよ」 「だったらビール買うな!」 罵倒の応酬が止まらない。春菜は自分のパスタソースを救出すべく、惣菜パックを少し退かした。その瞬間、健人が 「おい、それ崩れるだろ」 と文句を言う。 「崩れる前に出せばいいでしょ!」 「お前の其方が崩れてんだよ!」 「私のソースが汚れてたらどうすんのよ!」 「知るか! 自分で管理しろ!」 冷蔵庫を挟んで、二人は互いを睨み合った。狭いキッチンに、冷たい朝の空気が漂う。 「……最悪」 「どっちがだよ」 健人がビールを一口飲み、ふんと鼻を鳴らす。春菜は自分の化粧品を抱え、キッチンを後にした。 「今日中に整理してよね。じゃないと全部捨てるから」 「やってみろ。倍にして返してやる」 背中合わせに、二人はそれぞれの不満を噛み締める。境界線を守るはずのシェアハウスで、新たな火種がくすぶり始めていた。

3章 / 全10

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