朝の光は、昨夜まで礼拝堂を満たしていた重い気配を、うそのように薄めていた。大広間へ入ったエリナは、並ぶ貴族たちの視線を一身に受けて、思わず呼吸を整える。アランもまた、少し離れた位置で玉座に背を向け、静かに立っていた。霧はもう白い影にもならず、炎も熱の名残すら見せない。けれど胸の奥には、昨夜ぶつけ合った痛みだけが、妙にあたたかく残っていた。 「集まってもらった」 アランの声は低い。広間の端までよく通った。 「我らの婚姻は、ただの政略ではない。互いの痛みを見ないまま続けるには、あまりにも脆いと知った」 ざわめきが起きる。エリナは一瞬だけ目を伏せ、それから顔を上げた。 「私も言わせてほしいわ」 貴族たちの視線がさらに刺さる。それでも、もう逃げなかった。 「私は魔族の王女として来た。でも、それだけじゃない。失敗した和平の責任を、名前だけで背負わされるのはもう終わりにしたい。私はここで、あなたたちの敵の象徴として立つつもりはない」 アランが横目で彼女を見る。その視線に、促すものがあった。 エリナはうなずき、続ける。 「この結婚を、形式だけのものにしない。アランと私は、互いの国をつなぐ同盟になる」 広間が静まる。誰もすぐには答えない。その沈黙を破ったのは、アランだった。 「俺も同じだ。王子として求められる義務だけを果たすつもりはない。エリナを守るためでもなく、利用するためでもなく、対等な相手としてここにいる」 貴族の一人が息を呑んだ。別の者が唇を結ぶ。完全な信頼には、まだ遠い。けれど、その遠さを知ったうえで、二人は並んで立っていた。 そのときだった。エリナの指先に、ふわりと淡い光が宿る。驚いて見下ろすと、白い何かが霧でもなく、ただやさしい灯の粒として広がっていく。アランの掌にも、同じ色の熱が静かに灯った。 「……消えたんじゃないのね」 エリナが囁く。 アランは目を細めた。 「違うらしい」 「これ、なに」 「たぶん、祝福だ」 思わず顔を見合わせる。理解しようとするたびに暴れていたはずの力は、今は小さく、穏やかに揺れていた。相手を思いやるたびに灯る、そんな風にしか呼べないものへと変わっている。 エリナは胸の奥が少しだけ苦しくなり、それでも笑った。 「じゃあ、面倒でも悪くないわね」 「おまえにしては素直だ」 「今のは聞かなかったことにして」 広間の片隅で、誰かが小さく息を漏らす。敵国同士の婚姻は、まだぎこちない。それでも、二人の周囲にだけは確かな光が差し始めていた。エリナはその灯を見つめ、隣に立つアランの肩へ視線を向ける。 ここからだ。完全には信じきれなくても、歩み寄ることはできる。そう思えた瞬間、淡い祝福はもう一度、静かに脈打った。
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魔族の王女エリナは、人間との和平交渉で失敗が続いた責任を取ることになり、敵国である人間の王子アランと政略結婚をする。婚礼の夜、古老が詠んだ祝福の呪いが裏目に出て、二人の感情が部屋の中で色や気配として可視化される。悲しみは霧、怒りは炎として現れ、互いの心の揺れが避けられなくなる。最初は戸惑いながらも、戦場で傷つき孤独を抱える相手の本質を知るにつれて、見えない壁が崩れていく。触れることで初めて本当の意味で相手を理解できる関係を描き、政略結婚から始まった二人が緊張感と親密さを深めながら心を通わせる物語にする。
