エラベノベル堂

涙が溶ける場所

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2章 / 全10

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白い揺らぎは、ひと呼吸のあいだに輪郭を持った。 花嫁部屋の燭台が並ぶ壁際で、薄い霧が床を這う。最初は夜気が忍び込んだだけかと思ったのに、エリナの胸が痛むたび、その霧はひとつぶずつ増えていく。甘くない苦みを飲み込んだ瞬間、白さは部屋の隅へと押し寄せ、カーテンの裾を濡らしたように揺れた。 「なに、これ……」 エリナが呟くと、声まで白くほどけそうになった。 隣でアランが一歩退く。その瞬間、彼のこめかみがぴくりと跳ね、低く押し殺した息が漏れた。 赤いものが、灯火のように散った。 それは炎というには静かで、けれど怒りの熱をそのまま形にしたみたいに、壁の装飾を舐めるように広がっていく。 「近づくな」 「こっちが言いたいわよ。今の、あなたの感情?」 「知らない。そんな馬鹿な」 否定した言葉の端で、赤はさらに濃くなる。アランが苛立つたび、炎は小さく跳ねた。エリナが怖気づくと、白い霧はふわりと膨らむ。まるでこの部屋だけが、二人の心を勝手に映しているようだった。 エリナは自分の胸を押さえた。悔しい。情けない。ここへ来たことそのものが、喉に刺さった小骨みたいに痛い。 すると霧が、ふっと濃くなる。 「ちょっと、待って。やめてよ、こんなの」 「俺に言うな」 そう言ったアランの声は鋭いのに、赤い炎は彼の足元で揺れた。怒りではなく、動揺の色に見えてしまうのが腹立たしい。 「じゃあ誰に言えばいいの。さっきの古老?」 「……あの祝福だ」 吐き捨てるように言った途端、炎が一気に壁を走り、エリナは肩を震わせた。彼はその反応に気づいて、ほんの少しだけ目を伏せる。 「脅すつもりはない」 「知ってる。たぶん、あなたも困ってる」 その一言に、アランの眉がわずかに動いた。赤は弱まり、代わりに乾いた熱だけが残る。エリナはそこで初めて、彼の苛立ちの奥に、どうしようもない戸惑いがあるのだと知った。 黙り込んだまま立ち尽くす二人の間で、白い霧と赤い炎は、まるで話し合いを続けるみたいに揺れていた。 「私、別に泣いてないわ」 「見ればわかる」 「失礼ね」 「怒るな。……いや、怒っていい。今の俺も同じだ」 最後の言葉は、ほとんど聞き取れないほど小さい。それなのに、アランの足元の炎がわずかに揺れ、エリナの胸元の霧が細く震えた。 本音を隠すたびに、部屋が騒がしくなる。 隠し通せないのなら、せめて見栄だけでも張ろうとしていたエリナは、白く霞む天蓋を見上げて、乾いた笑みをこぼした。 「最悪ね。こんな夫婦、聞いたことない」 「俺もだ」 けれどその返事には、さっきまでの冷たさとは違う、妙に素直な疲れが混じっていた。エリナは視線を戻し、赤い炎の縁で揺れるアランの横顔を見つめる。 敵国の王子。結婚相手。警戒すべき男。 なのに今夜だけは、彼の怒りも焦りも、まるで部屋の明かりみたいに隠れなかった。エリナは胸の奥で白い霧が静かに膨らむのを感じながら、これから先、笑顔だけでは逃げきれないのだと悟っていた。

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