深夜のオフィスには、二人の呼吸とキーボードを叩く音だけが響いていた。蛍光灯の白い光が、窓の外の闇を際立たせる。健太は手元のスケッチブックから目を離さず、何度も線を描き直していた。 「健太、まだ修正するつもり?」 遥香の声が静寂を切り裂く。彼女は向かいのデスクで縫製中の衣装から顔を上げず、淡々とした口調で続けた。 「提出期限は明日の朝八時よ。どこまで仕上げても完璧じゃなければ意味がない」 「わかってる」 と健太は答える。短く、ぶっきらぼうに。昇格をかけた大型ショー。本社からの昇格枠はひとつだけだ。遥香と健太、この数年間競い合ってきた二人に、最後の勝負が課された。 「わかってるなら早く仕上げたら。あなたが提出ギリギリまで悩むの、今に始まったことじゃないけど」 「悩んでるんじゃない。煮詰めてるんだ」 「同じことでしょう」 遥香がふっと鼻で笑う。 「あなたのその甘さが、いつも結果に影を落とすのよ」 「甘さだと?」 「妥協を許さないように見えて、最後の最後で感情を優先する。それがあなたの甘さ」 健太はペンを置き、遥香を見据えた。 「お互い様だろ。君だって、完成形が見えてるのに手を動かさない時がある」 「それは品質へのこだわりよ」 「言い方ひとつでどうとでもなるな」 沈黙が戻る。だが、先ほどよりも濃密な空気が漂っていた。遥香は手元の布地を丁寧に縫い進める。健太は再びスケッチブックに向かう。二人は同じ空間で、同じ目標に向かいながら、決定的に違う道を歩んでいた。片方が勝てば、もう片方は負ける。その現実が、言葉の端々に滲む。遥香の手指が器用に針を操る。健太の視線が彼女の手元に向けられた。 「……君の縫製技術、相変わらず凄いな」 「今更どうしたの」 「純粋に、そう思っただけだ」 遥香の手が一瞬止まる。だが、彼女は顔を上げずに作業を続けた。 「持ち上げても無駄よ。私はあなたに譲るつもりはないから」 健太は短く息を吐き、苦笑を浮かべた。 「わかってる。僕も譲るつもりはない」 オフィスの時計が、深夜二時を示していた。まだ夜は長い。
ライバルは今夜、隣に座る
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