消毒液の匂いが漂う診察室で、陽菜は診察台に腰を下ろしていた。白い壁、整然と並んだ医療機器。典型的な整形外科の風景だ。ノックの音がして、ドアが開いた。 「陽菜さんですね」 入ってきたのは、予想外に若い男性医師だった。黒髪に細いフレームの眼鏡。感情を読み取れない平坦な顔で、表情に変化がない。 「はい、そうです」 「私は宗介です。診察させていただきます」 挨拶もそこそこに、彼はカルテに目を落とした。その視線は事務的で、患者に対する個人的な関心は一切感じられない。 「膝の痛み、いつからですか」 「昨日の練習中です。走ってたら急に……」 「ここら辺?」 宗介は冷たい指先で陽菜の膝に触れた。一瞬の接触だけですぐに離れる。機械的に、最小限の接触で終わった。 「っ……はい、そこです」 「腫れてますね。曲げてみてください」 陽菜が膝を曲げようとすると、鋭い痛みが走り、思わず顔を歪めた。 「半月板の可能性があります。検査しましょう」 宗介の口調は淡々としていた。患者への気遣いというよりは、単に問題を処理しようとする事務的態度が透けて見える。 「えっと、先生、私は早く直さないといけなくて……」 「全員そう言います」 彼は表情を変えずに答えた。 「検査の結果次第ですが、リハビリが必要になるでしょう。今日は簡単なマッサージから始めます」 宗介は陽菜の足首を掴み、慎重に動かし始めた。その指は相変わらず冷たく、無機質だった。陽菜は少し違和感を覚えながらも、彼の指示に従う。 「力を抜いてください」 マッサージが進む中、宗介の手が不意に滑った。膝の内側から太腿の方へ、意図せず長く肌が触れてしまう。その瞬間、陽菜の中で何かが弾けた。 「……え?」 目の前が一瞬白くなる。自分の痛みとは違う、誰かの疲労や憂鬱が波のように押し寄せてきたような感覚。宗介も手を止め、わずかに眉をひそめた。二人の視線が交差する。何かが変わった。確かに。
共感覚クリニック
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