エラベノベル堂

シェアドリーム

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1章 / 全10

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壁の向こうから聞こえるのは、古い配管が鳴るかすかな震えと、誰かの湯沸かし器が息をつく音だけだった。まどかは布団の中で目を開け、天井の染みをぼんやりと見つめる。学生向けとはいえ、築五十年のアパートは静かすぎる夜ほど細かな音が浮き上がる。隣の部屋に住む人物の顔も名前も、彼女は知らない。ただ、壁一枚の向こうに生活がある。その気配だけが妙に生々しかった。 寝返りを打つたび、胸の奥が落ち着かない。さっきまで見ていた夢の輪郭が、目を閉じてもまだ残っている。広いのにどこか曖昧で、床も天井もやわらかく揺れるような場所。そこに誰かがいた気がする。話した気もする。けれど言葉にならない。まどかは小さく息を吐いた。 「変な夢……」 口にした瞬間、なぜか背筋がぞくりとした。夢の内容を思い出せないのに、誰かと笑い合っていたような温度だけが指先に残っている。 同じころ、隣室の健人もまた、書きかけのレポートを閉じたまま椅子にもたれていた。スマホの画面はもう暗い。部屋の隅に置いた安物の時計だけが、秒針を規則正しく進めている。なのに、さっきまで目の前にあったはずの景色が妙だった。見たことがないはずなのに、知っている。そんな感覚が、理由もなく胸に居座っている。 「なんだよ、今の」 健人は眉をひそめた。誰かと立ち話をしたような、でも相手の顔が思い出せない。廊下でも、駅でも、どこでもない。現実のどこにも属さない場所のはずなのに、そこだけ妙に鮮明だった。 まどかは布団の端を握りしめ、壁の向こうを見た。隣人が眠っているのか起きているのかもわからない。ただ、同じ夜を同じように過ごしている誰かがいる。その事実だけが、今夜は少しだけ近く感じられる。 健人もまた、天井を仰ぎながら短く息をついた。自分の部屋の狭さが急に気にならない。それどころか、壁の向こうにあるはずの生活の気配が、見えないまま輪郭を持ちはじめていた。 二人は互いの名前も知らない。顔も知らない。それでも、眠りに落ちる直前の暗がりの中で、説明のつかない既視感だけが静かに、確かに残っていた。

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